波多野均つれづれアート

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せばだばまいねびょん・青森の太宰治の故郷の方言・津軽弁でそれだったらダメだよねー・・・

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夏八月のパリ南郊外のアパートの窓からの夕方の天空・・・ケ・ス・クッ・セ ? これはなんだっぺー・・・夏の夕暮れ空からのサイン・・・
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・・・フラッシュが入ったので、もういっちょ・・・
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これが数日前にブログしたスペインからの無許可で国外持ち出しのピカソの水彩画・・・スペインの持ち主が、この水彩画をスペイン国内で売却しょうとしたが許可がおりずに、ひそかに、夏のバカンスで混み合っている地中海のヨットでスペインからフランスのコルシカ島に運び、コルシカからスイスへ空輸してあるギャラリーで売却しょうとして、フランスのポリスのコントロールに捕まり、ピカソの水彩画はスペインに送り返され、マドリッドのソフィア王妃芸術センターに保管されることに、つまり、スペイン国家のパトリモアンヌ・国家財産、国家遺産になる・・・このピカソの水彩画の持ち主は逮捕されて実刑になる・・・人間は欲張ると墓穴・ぼけつを掘る・・・ピカソの作品はその国のパトリモアンヌ・国家遺産、国家財産に匹敵するようなものでありまして、それを個人が勝手に財産のように売却することは出来ない、許可がいる・・・このピカソの女の水彩画は推定価格が億単位の価格になると・・・もう、こうなるとアートではない、お金の投資のようなもの、マネーロンダリングのようなもの・・・月はおぼろにー、ひがしやーまー・・・聴こえてくるでしょ・・・
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モンマルトルの丘の坂道はこんなことになっておりまして、向こうにムーラン・風車が見える・・・十八世紀のモンマルトルの丘はパリの郊外のようなものでありまして、何もなかった・・・パリ市民の食料を作る畑になって、風車もあちらこちらにあらわれるようになった、丘の上だから風が吹く・・・十九世紀に入り、パリの街が拡張され今のような感じになる、モンマルトルの丘はパリの郊外の家賃の安い場所だった・・・それで絵描きたちが集まって住んだヴィラージュ・村のような雰囲気だった・・・
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パリのモンマルトルの丘の上のムーラン・風車・・・
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ゴッホが描いた当時のモンマルトルの丘の上の風車・・・上の写真と同じ場所・・・風車の位置は変えることが出来るから、ぐるりと風車自体が風の方向によって回ることができる・・・ゴッホ作「ル・ムーラン・ド・ラ・ガレット」パリの秋・1886年、カンヴァス・油彩、38,5X46cm、オランダ・オッテルローのクレラー=ミュラー美術館のコレクション・・・ゴッホはこの近くの通りに画商の弟のテオと一緒に住んでいた、ラ・ガレットとは食事ができてダンスができる庶民の憩いの場のこと・・・
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ここは今、レストランになって食事することができる・・・庶民的なフランス料理のレストラン、当時からここは安レストランであり、酒場であり、夜にはダンスする場所だった・・・それがモンマルトルの丘の上の村の雰囲気だった・・・
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そのそばに、TRIUMPH・トライアンフのバイクが静かにとまっていた・・・イギリス製のバイク、バイク好きにはたまらない、ハーレーかトライアンフか・・・黒塗りのアートみたいなバイクはパリのモンマルトルの丘の上にあった・・・
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モンマルトルの丘の上にはこんなのもありまっせー・・・中華のお持ち帰り惣菜・軽食店のシャンガイ・フランス語読みのシャンハイ・上海どすえー・・・ニイハオ・マー、ボンジュール上海、フレンチ・テレビでは TIANJIN・チョンジン・フランス語読みの天津の大爆発事故の様子と人民元の切り下げのニュースばかり・・・
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以前はパリのボザール・美術学校でこんな絵を描いていました・・・「HIROSHIMA HOPITAL 2 、ヒロシマ病院 2」1985年、カンヴァス・アクリルと油彩、160X228cm・・・ちょっとね、ショッキングでしょ、パリの画学生時代の夏は音楽祭のバイトを毎年、やっていまして・・・会場にイスを並べたり、会場といってもパリ市内の教会、バロック音楽・中世の音楽演奏が多かったから・・・受付の切符切りをしたり、舞台照明やマイクのミキシングの助手をしたり、ピアノやクラブサンを運んだり・・・それでフランス文化省の文化・アートの担当局の人と知り合って、推薦するからパリのアメリカン文化センターでこのヒロシマ・ナガサキの作品展をしないかと・・・当時、パリのアメリカン文化センターは六区のラスパイユ通りにありまして、内容が世界的に政治タブーのヒロシマ・ナガサキの原子爆弾だからとダメだと、せばだばまいねびょん・青森の太宰治の故郷の方言・津軽弁でそれだったらダメだよねー・・・ヨーロッパの津軽、北欧ノルウェーの乾いたミュージック、レネ・マーリンが歌うヒァ・ウィー・アー、Lene Marlin - Here We Are - YouTube ・・・チャオ・・・


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by h-hatano-art | 2015-08-13 04:49 | Trackback | Comments(2)
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Commented by すぐる at 2015-09-25 22:02 x
はじめましで。外国の地名をフランス語でどう発音するかということは興味深いですね。天津Tianjinはチョンジンと発音するんですか。フランス語で「TI」は「ティ」と発音するはずですが、「チ」と聞こえることもありますからね。ForvoでTahitiの発音を聞いたらタイティよりタイチに近く聞こえました。Tianjinは私がYouTubeのフランス語ニュースで聴いたら「ティエンジン」と聞こえたり「チンジン」と聞こえたりしました。
フランス語ではHを発音しないのでHiroshimaはイロシマ、Hollywoodはオリウッドと発音するそうですね。でも中国の地名は海南・Hainan・ハイナン、河北・Hebei・ホーベイという風にHを発音することが多いみたいです。フランス語のRより舌を前よりにして無声音を出せば中国語のHの音になるので、中国語のHの発音はフランス人になじみやすいみたいですね。
北京・Pekinはペカンと古くからのフランス語の慣用に従って発音しますね。フランス語では普通語末のNは鼻母音ですね。TianjinとかHainanの末尾のNは子音のNとして発音してますね。
Commented by h-hatano-art at 2015-09-26 19:04
ボンジュール、ムッシュー、最近のフレンチ若い世代はコンピューターを自由に使えることや、インターナショナルの波で英語・米語を自由に話したり書いたりすることが就職する上での必須条件で、フランス語なまりの発音はあまり聞くことはありません。原爆の広島はイロシマではなく、ヒロシマと発音するフランス人が多いものです。言葉は学問ではなく、人間のコミニケーションですから・・・中華世界の俳優の世界的にも有名なジャッキー・チェンは、自分は自分のジャッキー・チェン・イングリッシュを話すのだと、それでコンプレックスを感じることはないしと・・・チバリヨー・オキナワ、健康第一・無事故の秋を・・・ボン・コラージュ、ハタノ・・・