波多野均つれづれアート

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文化を大事に伝え、守る生活・・・

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写真の前列・・向かって左から・・①ドイツの白ワイングラス、②十九世紀のクリスタルグラス(アペリティフ、食前酒用)、③二十世紀、始めのクリスタルグラス(アペリティフ、食前酒用)・・後列・・向かって左から・・④クリスタルの特大赤ワイングラス、⑤普通の白ワイングラス、⑥ナポレオン帝政時代、アンティックのブルー・クリスタル赤ワイングラス、⑦バカラのクリスタル、金細工の赤ワイングラス・・・                                          29日付けブログのワインのお話しの続き・・参考に手元にあるワイングラスを並べてみました。①番目のドイツの白ワイングラスは、ライン川ぞいの小さな町の日常雑貨屋でみつけたものです。②番目の十九世紀のクリスタルグラスは、フランスのシャラント地方のアンティック家具修理工房の飾り家具の中にあったもので、ボルドーあたりのクリスタルグラスだと、工房のジャック親方が言っていました。③番目の二十世紀、始めのクリスタルグラスは田舎のブロキャン、がらくた市でほこりまみれになって汚れていたものを12個、2ユーロ(260円ぐらい)で買った掘り出しもの・・きれいに洗ったらアールデコの模様がカットされていた④番目のクリスタルの特大赤ワイングラスは高さが22センチもあり、これに赤ワインをつぎ、グラスをよく回して、ワインが空気にふれるとワイン本来の香りが開いて、おいしく飲めます。⑤番目の白ワイングラスは、ごくごく普通のワイングラス。⑥番目のナポレオン帝政時代、アンティックのブルー・クリスタル赤ワイングラスは、当時のお金持ちが、ちょっと、気取って使っていた・・その時代のフランス文化の生活がイメージできるワイングラスです。⑦番目のバカラのクリスタルは現代もので、カットグラスに金の模様細工がしてあり、フランスの文化工芸品のようなものです。まぁ、グラスであればどんなものでもいいのですが、文化というものはいろいろなジョリ・ショーズ、美しいものがたくさんあることだと、フランス人は考えていますので、こんなもの・・余計なものがまだまだ、いっぱいあるのです。ジェネラション・ド・ジェネラション、世代から世代へと文化を大事に伝え、守る生活は、面倒くさいものですが、楽しいものです。
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by h-hatano-art | 2010-01-31 07:43 | Trackback | Comments(0)

フランスの一般庶民の食事マナーとワインの選び方、その二

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サンミッシェル広場の橋の下から・・セーヌ河とシテ島のノートルダムを望む・・                                      朝から冷たい冬の雨が、しとしと降っているパリ南郊外です。一月もアッという間に終わりです。昨日の続き・・・一般のフランス人が本当に好きなものは、お肉です。プール・モンジェ・ド・ビフテック、・・ビフテキのお肉を食べるために・・というフランス語の言い方、いい回しがあります。これは、ビフテキを食べるために働く・・何のために・・つまり、お金を何のために稼ぐのか・・という時に、使われる言葉です。わかりやすいでしょう。一週間に一回は、このビフテキを食べないと禁断症状になるとも言ってます。小さい時からの食生活習慣で、子供たちの大好物はハンバーグの形になった冷凍の牛ひき肉、・・これをフライパンに油をひき、冷凍のまま、ジャーと両面をよく焼いて、ケチャップやマヨネーズをかけて食べるというもの・・ボサール・美術学校の学生時代、アルバイトでベビーシッターをしていた時に、よく作り、一緒に食べたものです。これに、付け合せのポテトフライ・・・フランスの子供たちの大好き食事の定番中の定番です。だから、大人になってもお肉を食べないと、食べた気がしない・・・・二、三年前から、フランス政府による、一日に五種類の野菜・果物を食べようというガン予防・健康生活大キャンペーンが始まり、テレビや新聞、ラジオの報道機関でガンガンに食生活改善運動が推進されました。お昼の定食や家庭の食事で毎日のように、このビフテキとポテトフライを食べ続けていた人たちですから、まさに、革命的な出来事でした。その反動で、魚の値段がはね上がりました・・・。前置きが長くなりましたが、続きの赤ワインのお話しです。お肉料理には赤ワインを飲むのが普通・一般的で、赤ワインはボルドーもの、ブルゴーニュもの、ロワールもの、南西部もの・・とあり、ピンからキリまであるのですが、個人的には、ボルドーのサンテミリオンの赤ワインが絶対ストライク、おすすめワインです。赤ワインは、なるべく大きなワイングラスで飲むとおいしいものです。日本では、デパートの食器売り場なんかで売っています。二個セットで三千円から五千円ぐらい、少々、高い買い物ですが、一生ものなので思いきって・・・・さて、肝心の赤ワインですが、食事が始まるころか、食事をする三十分前にコルク・栓をぬいておくこと・・・これはシャンブレと言って、ワインが室内の温度に触れる事によって、香りがひらくというものです。そして、ワイングラスに三分の一ぐらいにワインをついで、テーブルの上で丸く円をかくように動かすこと・・もっと、ワインが空気に触れるようにするため・・それから、ワインの色をよく観察して、少しずつ、口に含むように・・口の中で、ワインが歯ぐき全体にいきとどくようにすると、ワインの香りが鼻にぬけて、どういう香りがするか・・スミレの香りだとか、バニラの香りだとか、野イチゴの香りだとか・・それから、少しずつ飲んで・・・というふうにすると、よりワインがおいしく感じられます。ワインのコルク・栓を抜く前には、半日ぐらい、ワインボトルを横に寝かせておくこと・・そうすると、コルクが湿って、簡単に抜けます。なーんか、おせっかいワインの飲み方になってしまったけれども、おいしく飲むにはいろいろと手続きが大切です。これを覚えていれば、どんなワイン・・カルフォル二アワインでも、チリのワインでも、国産日本のワインを飲んでも、それなりにおいしいものです。まぁ、人生一度は、ストライク中のストライクの本場ものワインを飲むことをオススメします。本物を知っていれば、比較できるからです。コクがあるか、ないか・・・重いか、軽いか・・・。そして、赤ワインはお肉料理を食べた後にでてくるチーズにも合うものです。フランス人は、このチーズを食べないと食事が終わらないという人たちです。チーズやヨーグルトを食べるのはカルシウムを取るためだとフランス人は言っています。チーズは各地方、各市町村に地元のチーズがあるといっても過言ではなく、フランス全国で四百種類以上の地元チーズが作られていると・・・・チーズのお話しは長くなるので、また、いつか・・・ア・ビィアント・・・
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by h-hatano-art | 2010-01-29 18:46 | Trackback | Comments(0)

フランスの一般庶民の食事マナーとワインの選び方、その一

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フランス全国にあるワイン専門チェーン店、「二コラ」のショーウインドー。                                           ちょっと、マジなお話しが続いたので、かるーく、日常のこまごまとしたストレスが解消されるような、フランスならではのテーマで・・・ワインのお話し・・・フランスと言えばワイン、ワインと言えばフランスとなっていますが、そんなにはフランス人は、毎日のようにワインをガブガブ飲んでいるわけではないのです。週末に家庭で友人たちを招いて、食事する時とか、・・・ほとんどのフランス人は週末ワインが普通です。ワインは必ず、料理と一緒に飲むもので、お魚・海鮮系には白ワイン、お肉・煮込み系には赤ワインとなっていますが、今、フランス中で大流行の握り寿司にボルドーの赤ワインを飲んで、セ・ボン、うんめぇーと言ってるおっちゃんもいます。フランス人の一般庶民の食事は、だいたい、最初にサラダを食べます。今の季節ですと、サラダ菜、マーシュ、ほうれん草、アンディーブなんかに、手作りのサラダ・ドレッシング・・・オイル3対お酢1の割合で塩・胡椒をして、かき混ぜて、そのボールの中に、食べる量のサラダ菜を入れ、葉っぱにドレッシングがまんべんに、いきわたるようにするのが、フランス風です。・・サラダ菜をお水で洗うときは、お酢を少し入れて軽く洗うのがフランスのおばあちゃんの智恵です。オイルはオリーブ油、クルミ油、ひまわり油・・お酢はワイン酢、リンゴ酢、バルサミコ酢・・お好みで・・サラダを食べる時は、お酢が入っているからと言って、正しいフランス人は決してワインを飲みません。・・が、飲む人もいます。ラテン民族の血も入っていますから、チャランポランなのです。・・が、ほとんどの人がサラダを食べるときはお水を飲みます。ガス入りか、普通の水道のお水か・・ボトル入りのお水か、パリ周辺の水道水は石灰分が多く含まれているので、フランス人も気をつけています。しかし、日本人のように水ばっかり飲んでると、グルヌィユ・カエルみたいだと、からかわれます。サラダには、バゲット・フランスパンが必要で、片手にフォーク、もう一方の手にはパンをとって、サラダがフォークにとれるようにして食べます。お皿に残ったドレッシングはパンできれいにぬぐって食べます。食卓テーブルの上では、決してパンを・・どんな種類のパンでも、裏返しにしておかないこと・・縁起が悪いとか、いろいろありますが、・・もの知り、うるさフランス人によると、裏返しの状態になったパンはミニスカートをはいた女の子が両足をひろげていると同じなような感じで、ひじょうに恥ずかしいことだとされています。・・・が、これはフランスで生まれ、教育されないと実感としてわからない・・・じゃ、食パンは、どっちが表か裏か・・・フランス人の答えは、食パンはイギリス人やアメリカ人が食べるもので、フランスのパンじゃあない・・・まぁ、だいたい、白ワインから食事を始めます。フランスのご婦人方のなかには、白ワインは排尿作用が活発になって、ダイエット効果があるーと信じています。白ワインでおいしいのは、ブルゴーニュ、アルザス、ロワールものが主要で、ブルゴーニュのシャブリとかアリゴテとか・・・値段の高いワインはもっとありますが、普通のフランス人庶民感覚で購入するワインとは、五ユーロ前後(一ユーロ、130円として650円前後)、高くても十ユーロ、1350円前後です。レストランに行くと、この値段が三掛け、三倍になるので三十ユーロ、4050円というのがフランスの常識です。日本のフランチレストランも同じで、元のワインの値段は三分の一なのです。…わたし的には、アルザスの辛口白ワイン、リースリングが好きで、軽くて、マスカットのぶどうの香りがします。白ワインは冷やさないとおいしく感じられないので、必ず、冷やして飲みましょう。冷蔵庫で十分です。ご婦人方は白ワインが大好きですが、壮年のおっちゃんたちは赤ワイン、オンリーです。・・続く・・
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by h-hatano-art | 2010-01-28 19:23 | Trackback | Comments(0)

FESTINA LENTE、フェスティーナ・レンテ、急がば回れの門

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油彩画  73X60      18日付けブログに書いた、ガン治療中の日仏家庭の娘さん・・29歳のお見舞いに昨日の午後、行ってきました。第一回目の抗がん剤治療が終わり、先週末から、自宅にもどっているところで、リビングのソファで横になり、休んでいました。抗がん剤治療のせいか、疲れているみたいで、ウトウトと寝ていました。自分の部屋のベットではなく、家族やお見舞いの人、みんなが集まるリビングの大きなソファが彼女のベットになっていました。娘のためにフランスに一時帰国した、ネパールに長期滞在中の彼女のお母さんがお茶を用意してくれて、リビングの食卓テーブルでお茶をいただきながら・・・症状はどうなっているの・・・去年の12月の終わりに目が痛いので、病院で検査したら、目と鼻の間にある筋肉にがん細胞があるのが見つかり、眼球が大きく腫れて、がん細胞の進行が早く、緊急入院、治療開始だったの・・・話しているうちに、彼女が気がついたのか、起き出して、一緒に話しをした。お見舞いのクマのぬいぐるみをみせると、いくつになっても女の子で、・・・声をあげて、心から喜んでくれた。・・・次の治療の時は、お守りとして病院に持って行くわ・・・二月に、あと二回の抗がん剤治療があるという。その結果次第で手術をするか、しないかを決めるという。本当に、代われるものなら、代わってやりたいものだと・・・長居をすると彼女が気を使って疲れると思ったので、三十分もすぎたころ、おいとまをすることにした。別れぎわに彼女とハグしたら、ずいぶんと肩が細く、やせていた。なんか、やりきれない気分だった。アパートに帰っても、このやりきれない気持ちは消えず、FMラジオをつけジャズを聞きながら、新しいキャンバスを作った。二枚目のキャンバスを木枠に貼り終わるころ、ようやく、気持ちが落ち着いてきた。                                                              この絵はイタリアのトスカーナ地方のある町に行ったときに古いポルト・門をスケッチしたものです。ラテン語の格言にFESTINA LENTE、フェスティーナ・レンテ、ゆっくり急げ・・急がば回れという言葉がありますが、この言葉を門につけました。アンドレ・ジイドの小説には・・力をつくして、狭き門より入れ・・ともありますが、私はブディストなので、29歳の彼女には生きて、生きぬいて、人生ゆっくりと回って、幸福になってほしいと、祈るばかりです。
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by h-hatano-art | 2010-01-27 08:32 | Trackback | Comments(0)

アトランテック・大西洋の荘厳なクシェ・ド・ソレイユ、日没

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油彩画 55X46      22日付けブログで、ご紹介したマルタ君に会ってきました。食事をしながら、いろいろと彼の話したいことを聞く・・・大学一年生の長男の件だった。現在、マルタ君の息子はシアンスポー・パリ政治学院で政治学を勉強中だ。・・・パリ政治学院は日本の慶応大学と仏日交流留学生制度を持っている。その入学試験の件だった。大学入学試験の一次試験は、論文形式の試験・・テーマが二つあり、どっちかのテーマを選んぶものだったらしい。一つは、十八世紀、アメリカ民主主義提唱のひとりだったアレクシー・トクヴィル・・フランス人・・についてのもの、もう一つは、師弟について・・・例えば、マハトマ・ガンジーの非暴力平和運動を継承した、アメリカのキング牧師の人種差別反対の非暴力平和運動との思想の上での師弟関係・・・そして、二次試験が面接・・・といってもフランスの面接試験は、手ぐすねひいているプロフェッサー・教授連中に囲まれての集中質問に答える非常にハードなもの・・・しかし、試験の結果は不合格だった。納得のいかないマルタ君の息子は、入学先の学校に試験評価、つまり、採点結果を見せてもらいたいと掛け合った。フランスはオープンな国で、本人からの問い合わせがあれば、試験採点結果を見せることが法律でも定められている。すると、彼の一念が強かったのか、採点ミスが見つかり、シアンスポー・パリ政治学院入学を勝ち取った。・・・やっぱり、最後まで、あきらめないことですね。それを、今回、学びました。・・・ところで、うつ病はどうなったの?・・・完全には、よくなっていないんですが、こうやってみんなからアニマル・ハタノって言われている毒舌家のハタノさんと会って、話しをしているくらいですから・・・なんだ、お前ー、以前より、結構、言うじゃん・・・で、何歳になったの、仕事の方はうまくいってるの・・・五十歳になりました。まぁ、観光業界はどこも大変ですが、おかげさまで仕事は入っています。今夜も四十人のグループが到着するので、ご挨拶に宿泊先のホテルに出向く予定です。・・・彼は日本人旅行者の滞在中のいろいろな問題処理担当責任者になっていた。マルタ君とは、三・四時間近く、話しをして、小雨降るオペラ座近くで別れた。                                    この絵は、ボルドー近くの海岸から見た風景、大西洋の光りの様子が、刻々と変化する荘厳なクシェ・ド・ソレイユ、日没です。全身が大気と一緒に赤く染まり、水平線に沈む太陽を見続けていると・・・自分の人生も荘厳に生きたいものだと思いました。
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by h-hatano-art | 2010-01-26 18:22 | Trackback | Comments(0)

POUR HAITI、プール・ハイチ、ハイチの人々のために・・・

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パリ・オペラ座広場のメトロ、地下鉄出入り口                               昨日、24日のフランスTVの国営放送2チュンネルの夜のゴールでタイムはフランステレビジョンとラジオフランスの企画主催番組、・・POUR HAITI、プール・ハイチ、ハイチの人々のために・・という、チャリティー音楽番組がありました。ハイチへの救済、募金をつのるものでした。これには、ミッテラン文化・コミニケーション省大臣も出席し、多くのフランスの歌手・・・あらゆる音楽分野の・・・が歌い、ハイチの人々へのソリダリテ・連帯、ハイチの人々を勇気づける、久々に感動する・・・フランスって、すごいじゃない・・・という番組でした。ハイチはフランスの旧植民地っていうこともあるけれども、ミッテラン文化大臣が壇上で呼びかけた言葉・・・今こそ、(昔の、植民地時代の)借りを返そう・・・には、深く考えらされる言葉だった。そして、今、現実に困っているハイチの人々を見て、すぐに反応する、対応できるフランスの文化のエスプリは、たいしたものです。日本と比較するわけではありませんが、政治家・政局の問題で新年そうそうから、モタついているわが祖国・日本にしっかりしろと・・・人の前を明るく照らすと、自分も明るくなる・・・日本人はいつから、自分のこと、自分の利益しか考えないエゴイストになったのかと・・・私がカリカリしてもしかたありませんが、心ある日本人、他者を思うことのできる日本人は、どこかにいるはずだと・・・。インターナショナル、海外から見る、今の日本の無責任政治事情はサイテー・最悪です。インターネットの時代、日本のニュースは即刻に入ってきます。フランス人から・・・・日本はいつから、首相の上に大統領(権力者)ができたのかと・・・・それに振り回されないように、刻々と変化する世界のことも考え、行動するようにと、日本人である私は言いたい。ちょっと、マジすぎたかな・・・・。
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by h-hatano-art | 2010-01-25 18:53 | Trackback | Comments(0)

東京の美術学校時代での新年会の思い出

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油彩画 55X46     一年以上も、音信普通だったマルタ君から連絡があった。新年なので、パリ市内のどこかで、会いたいという電話だった。二人だけの新年会である。マルタ君はフランス駐在の日本の大手旅行代理店に勤めていて、幹部クラスの仕事をしている。二、三年前から、職場のストレス・・旅行代理店はどこも生き残り、サバイバルに大変だ・・つまり、売り上げ低迷でうつ病になってしまった。がんばれって言っちゃあいけないので、がんばらないようにがんばれと言って、激励しないように激励して、最後にパリのカフェで別れたきりだった。彼は、フランス人の奥さんがいて、長男は大学生、長女が高校生の四人家族だ。フランス人の奥さんは、変わった経歴をもっていて、ムーラン・ルージュのフレンチカンカンの元踊り子、・・フレンチカンカンに関する本を書き、出版している。マルタ君は日本の大学を卒業し、パリ市内にある日本の旅行会社に就職、南仏方面をまかされ、長い事、南仏のニースに住んでいた。・・・連絡があって会いたいということは、話しがあるということで、何かを聞いてもらいたいということだ。来週にでもパリ市内の韓国レストランで会って、韓国の焼酎と熱々・からからの豆腐チゲでも食べながら話しを聞こうか・・・と、言って電話をきった。・・・その瞬間に、東京の美術学校時代の新年会を思い出した。毎年、新年の一月の終わり頃に、恩師・柏先生のご自宅で、美術学校の柏教室・・一期生とわれわれ四期生との合同新年会があった。私が学んだ美術学校は、創形美術学校という造形芸術を基本に西洋絵画のテンペラ技法やフレスコ画、西洋油絵の出発だったフランドル技法・・・等々を勉強するという専門学校で、油絵の修復や原書をもとにテクニックを知るために、イタリア語やフランス語の授業もあり、絵の具を作ったり、絵の道具を作ったりする、ちょっと変わった美術学校だった。当時、学校は国立くにたちにあり、柏先生のご自宅は所沢の向こうの入曽だった。学校からめいめいが一升瓶の安い日本酒をもって、ぞろぞろと電車に乗っているさまは異様といえば異様、平和といえば平和な風景だった。一期生は卒業後、それぞれが美術関係で働いていて、大量の缶ビールとか、高価なウイスキーとか、シャンパンとか、お寿司とか食べるものを持参していた。中にはきれいなガールフレンドと一緒の先輩もいたり、来る途中で缶ビールをしこたま飲んで駅前の瀬戸物屋から店先にある大タヌキの置物を先生にプレゼントだと言って、無断で持ってきている先輩もいた。柏先生はお母さんと二人で生活していらっしゃって、この新年会の日ばかりは無礼講・・・今から考えると毎年、大変なことをしてしまったと反省・・・先生のご自宅のアトリエに五十人から六十人前後が集合する新年会だから、・・・その上、変人・奇人たちの集まりだから、先生のお母さんも、さぞ、お疲れだったろうと・・感謝です。お酒もまわって、酔っ払った一期生の先輩から、四期生のわれわれに芸をひろうせよ・・と、ショー・タイムの始まり、始まり・・・仙台出身の畠山くんは、エンヤートット、エンヤートット、松島あーの・・ではじまる地元の民謡・大漁唄い込みを披露し歌った。・・・彼は卒業後、仙台に帰り、美術大学受験を中心とした美術研究所を大きく始め、地元で活躍している。歌謡曲や手品なんかもあったり・・・とうとう、私の番になってきた。歌もしらないし、・・・どうしょうかと思って・・・口がかってに・・・詩を朗読しまーす、と言ってしまった。みんな、一瞬、ひいちゃって、・・・島崎藤村の詩・・・まだあげ初そめし前髪まえがみの、林檎りんごのもとに見えしとき、前にさしたる花櫛はなぐしの、花ある君と思ひけり、やさしく白き手をのべて、林檎りんごをわれにあたへしは・・・とやったら、会場しーんとなって、詩の朗読が終わったら・・・お前、かわってるー、名前なんていうんだと、・・ずい分とかわっている先輩たちから口々に言われた。さんざんに酔っ払って、酔いざましに、柏先生のお母さんのお手伝いをしょうと、台所にいき、おひらきの味噌汁をお椀についでいたら、うるし塗りの高価なお盆を踏んで、こわしてしまった。・・・形あるものは、いつかは、こわれるものだよ。それより、ケガしなかったか・・・毎年、新年が来ると、恩師・柏先生のお母さんの東北なまりの言葉を思い出す。                                                                   この絵は、菩提樹の根っこを描いたものです。風雪にたえ、誰が見ていなくても、しっかりと生きている自然は美しい。そういう人間になりたいものだ。
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by h-hatano-art | 2010-01-22 19:31 | Trackback | Comments(0)

プルコワ・どうして、パリなんかに来ちゃったのか・・・その6

パリ六区にあるアリアンセフランセーズ、フランス国語の語学学校の寮生活と毎日のフランス語集中授業の合い間に、受験先のボザール・美術学校・・・同じ六区ですが、サン・ジェルマン・デュプレのボナパルト通りのセーヌ河近く・・・に下見に行き、美術学校の事務所で入学試験手続きをしたり・・・美術学校の事務受付のおばちゃんたちは、フランス中、世界中からの学生が集まっているので大変に親切でした。フランス人の文化を愛するエスプリ・精神を見たようでした。受験日と時間、試験会場・教室の場所や、一次試験は油絵の実技なので、持ってくる道具とか・・・まぁ、これをフランス語で確認するわけですが、辛抱強くおばちゃんたちに対応していただき、メルシー・ボクーでした。海外で生活を始める前には、最低限の語学、自分の意思を伝えて、相手が何を言っているのかを理解できることのくり返し、わからないことは聞くことが大切なのです。五月のパリは、すずらんやマロニエの花が咲き始める心豊かな季節でした。語学学校のあるラスパイユ通りとモンパルナス通りが交差するところに地下鉄メトロのヴァヴァンの駅があり、そばにロダンの寝巻き姿のバルザックのブロンズ像がたっていたり、近くにはグランショミエール、美術アトリエ・・誰でもお金を払えばモデルのいるアトリエでデッサンや絵が描ける・・もあり、その前に老舗の画材屋があったので、よく行ってスケッチブックや足りない絵の具を買ったりしていました。その通りに戦前からある、詩人・金子光晴の若き日の自伝の中にも出てくる、古いホテルは日本からの画家・絵描きの定宿になっていました。このホテルは長期滞在用の安ホテルで、自炊もできる宿でした。当時、このホテルに宿泊していた、画材屋で知り会った、ずい分と年上の絵描きの夫婦に、食事によばれ、蒲焼もどきどんぶりをご馳走になったことがあります。それは、蒲焼もどきの・・・オリーブ油づけの缶詰のイワシをフライパンで温め、お醤油をたらして、アツアツのご飯にかけるというものですが、異国パリの安ホテルの部屋でご馳走になるとは、・・・イワシはイワシにあらず、・・心から感動する食事・食べ物でした。それは、パリならではの体験でした。そうこうするうちに、寮生活の一ヶ月はアッという間にすぎ、このまま寮生活を続けるか、安ホテルに移るか、それとも、安アパートを借りるか・・・・寮生活はまかない付きで便利なのですが、自由がないし、人と会う約束があって食事時間帯に寮にもどらないと食事なし、三度の食事付きなので値段が高い、・・・安ホテルは気持ちのいい部屋に当たればいいのですが、そんなのはないと同じだし、治安も悪いし、・・・と最後の安アパートを借りて、六月のボザール・美術学校の入学試験を迎えよう・・・と決めました。一緒に渡仏した女房・・・そのときは、まだ女房ではありませんでしたが・・・がホームシックとドイツからの女子学生との二人部屋生活ストレスになり、毎日のように近くのルクサンブルグ公園に行ってシクシク、ベンチで泣いていたのです。・・・続く・・・
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by h-hatano-art | 2010-01-21 19:13 | Trackback | Comments(0)

メイド・イン・フランス、フランス産のキャビアを食するのこと。

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 今日は二十四節気、にじゅうしせつき・・・中国伝来の太陽年を太陽の黄経に従って24等分して季節を示したもの・・・によると、大寒の日とありますが、パリ南郊外は朝から冷たい冬の雨が降っています。太陽は昨日の午後、パリ十三区のカルチエ・シノア、中華街に買い物に行った時に、ちょろっと顔をだしたばかりで、なんともいえない暗い冬の毎日です。・・・ということで、気分一転、ちょっとゴージャスに日常生活をチェンジしようと思い、私の誕生日・・一月一日・・にもらったドクター・レノリィからのバースディプレゼント、フランス産のキャビア缶、50グラムを食することにしました。何年も前から、ボルドーのそばを流れるガロンヌ河ぞいで、養殖のチョウザメを飼育し、キャビアを試作していて、近年、ようやく商品化されたキャビア様です。ドクター・レノリィこと、フランソワは、総合医の開業医者で、三十代のときから家族ぐるみでつきあっているカナダ系フランス人です。こいつは・・・お医者さんにむかってコイツ呼ばわりはいけませんが、ほんとうに、お前、医者資格を取るための国家試験を受かったのーという人物で・・・例えば、ある年の暮れの12月、夕方に一緒にでかける約束があって、フランソワは自家用車で迎えにきました。車に乗って、あーだ、こーだと話していると、急に・・今日はなんか暗い日だなー、と言って同意をもとめてきました。夕方になって、暗くなるのもあたりまえ・・よーく、フランソワの顔を見ると、12月だというのに、なんと、こいつは黒メガネ、サングラスをかけている。・・お前、ルネット・ノワール、黒いメガネ、サングラスのこと・・かけてるじゃん。・・と言うと、おっ、そうか、だから道が暗かったのか・・・という憎めない人物で、お医者さんっていうのは変人・奇人が多い。さて、そのフランソワが・・多分、お歳暮にもらったなんかの詰め合わせの中にこのキャビア缶が入っていたのだろう。こうやってバカにしているが、フランソワはフランスの全国総合医組合の会計監査委員会のトップで、社会的にはすごい肩書きがある。・・・だから、こういう、お歳暮が・・ワインセットとか、コニャックの大瓶とかが、台所のすみに転がっている。フランソワ家族のことは、これからも、たびたび、登場してくると思いますが、さて、今日の本題・・フランス産のキャビア缶を何と一緒に食するのか・・伝統的にはキャビアには、ロシアのウオッカとありますが、ウオッカは強いアルコールなので、お隣りポーランドのウオッカであるズブロッカと一緒に食べました。ズブロッカはビンの中に香草が入っていて、香りの高いウオッカなのです。食パンをトーストして、右側のブルターニュ産のバターをぬって、キャビアをクリストフルの銀のスプーンですくい、トーストの上にたっぷり置き、左側の小さくかわいい十九世紀のアンチック・色つきクリスタルグラスでズブロッカを飲む。最高です。キャビア缶がのっているお皿は、1940年代のバスク地方のお皿で、バスク独特のデザインプリントです。キャビア缶50グラムは、夫婦二人で食べるには、多すぎる量でしたが、お味は・・まあ、まあ、・・本物のキャビアは二つ星か、三つ星の高級フランスレストランにしかメニューに載っていません。お値段は、メンタマが飛び出るものです。・・・ウチのサ・マジスティ、女王陛下は、口なおしだと言って、永谷園のお茶漬けを、キャビアを食したあと、ご自分でお漬けになった白菜漬け・・昨日、中華街に行った目的は、この白菜漬け用の白菜を買うために行ったのだった。・・と一緒に食べていらっしゃいました。
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by h-hatano-art | 2010-01-20 18:49 | Trackback | Comments(0)

プルコワ・どうして、パリなんかに来ちゃったのか・・・その5

パリ六区のアリアンセフランセーズ・フランス国語の語学学校の寮には、一ヶ月の滞在予定で、その期間、いろいろな人たちとの出会いがありました。毎朝八時半の初級集中フランス語授業には、大阪出身のワタナベさんという新婚ホヤホヤのご夫婦と服飾関係の仕事で一年間留学しているナカムラさんという女性と一緒でした。お昼前に授業が終わると、市場で買い物をしてワタナベ夫婦が住んでいたエトワール広場近くのアパートか、ナカムラさんの住んでいたシャンゼリゼ大通り裏の五階だったか、六階だったかの屋根裏部屋におしかけ、みんなで昼食を一緒にしたり、夕方までだべったり・・・フランスの異文化ストレスを発散していました。また、寮には5人くらいのジャポネ・日本人留学生・・フランス文学の専攻だったり、北アフリカ・・アルジェリアやモロッコなんかに駐在している日本企業の通訳のための上級フランス語の勉強だったり、フランスの大学に入る準備だったりで、語学学校の食堂で顔を会わすことも多く・・・私をのぞいて、半年以上や一年近くの長い寮生活の人が多く・・・誰かが日本食が恋しい、食べたーいと言い始めたのがきっかけで、週末に刺身パーティをしょう・・ということになり、私が一切の買い物準備や調理をするはめとなり、語学学校のそばにあるルクサンブルグ公園をぬけて、パンテオン広場近くにあった、当時、パリで一軒しかなかった日本食料品店・京子に行き、一升瓶の日本酒とお醤油、缶入りの粉わさびを買って、ムフタール街のポワソニエ・魚屋で、タイとマグロ・・当時、マグロはイタリア人とかポルトガル人やスペイン人しか食べなかった値段の超安い魚だった。・・を買って、寮の私の部屋の小さな洗面台でお刺身を作った。包丁がなかったので、クトー・スイスというハイキング用の小ナイフ、まな板は日本から持ってきた和菓子箱のフタ・・夕方、みんなが集まって、さあ、オサシミパーティの始まり、始まり・・・船便でインド洋を何ヶ月もかかリ、波にチャプン・チャプンとゆられて運ばれてきた一升瓶の日本酒は酢になりかけ前のすっぱさ、缶入りの粉わさびを水で溶くと香りが飛んでいたり、お醤油もマレーシア産のものでニョクマムまがいのようなものだったが、みんなで一緒に食べた、異国・パリでのお刺身はずいぶんとうまかった。タイのアラでウシオ汁も作った。キャンピング用ガスコンロでご飯も炊いた。タダ同然のような地中海マグロの腹身・トロは最高だった。生まれ故郷の民謡なんかも登場して、楽しいオサシミパーティの夜だった。・・よく朝、部屋の掃除のアフリカ系のおばさん・・・ベッドメーキングやシーツの取替え、トイレ掃除をしてくれる・・・が、なんか、この部屋、サカナくさいわね・・・洗面台にはタイのウロコがくっついていた・・・なんとかごまかして、日本のお土産小物をあげて・・・ジャポネ、日本人はサカナくさいんだと・・・。人間、どこにいても、どういう環境の中でも、楽しく暮らすことが大切です。続く・・・。
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by h-hatano-art | 2010-01-19 18:56 | Trackback | Comments(0)