波多野均つれづれアート

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春をつげるフランスの農業品評会のお祭り

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フロマージュ・チーズのお話し・・・今日、27日からパリのポルト・ド・ベルサイユのエクスポジション大会場でフランス全地方から農家の人たちが集まっての大農業祭が始まっています。フランスの各地方から、農家ご自慢の牛ちゃんや豚ちゃん、羊ちゃん・・・あらゆる種類の家畜が集まり、春の始まりの大品評会が開かれるのです。・・と同時に、地方名産、名物のソーセージ、ハム、チーズ、パン、ワイン、お菓子・・等々がこれでもかーって、一同にパリに集まり、直・販売されます。ソシソン、乾燥ソーセージやパテ、テリーヌ、フォアグラを試食したり、地方自慢のワインやコニャックを試飲したり、パリでは知られていない地方のお菓子があったり、・・・農業の国、フランスのお祭りが一週間くりひろげられます。初日のオープニングには、フランス共和国大統領のサルコ(サルコジ大統領のこと、フランスも日本同様に携帯電話メルの交信で言葉をちぢめて表現することが大流行、サルコジ大統領はみんなから、サルコ、サルコってよばれています。)が出席するのが通常ですが、予定変更・・今年は最後の日に視察に来ることになり、農家の人たちから初日に挨拶に来ないのはスキャンダルだとか、農業を大事にしていないとか、農家をバカにしている、とかの文句や非難が続出・・・三月には、・・・二週間後にフランスの地方選挙があり、さらに、EU次元での牛乳価格問題、農業援助の問題、等々もあり、初日に顔をだしたら、フランス共和国大統領といえども・・・飛んで火にいる夏の虫・・・のように、ペイザン、田舎の人からつるし上げです。写真のチーズは、オール・山羊のチーズです。フランス全国、チーズの種類だけでも四百種類以上あるっていう話しですから、・・牛のチーズ、羊のチーズ、山羊のチーズ・・フランス人は、チーズを食べて、カルシュウムをおぎなうのだ・・・と言っています。ちなみに、この山羊のチーズ一個の値段は5ユーロ(650円)から8ユーロ(1040円)前後です。
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ロワール産の山羊のチーズ、二種類・・・円柱形のものは、周りが木炭の粉で黒くなっている。もう一つは、ブドウの葉でくるんだもの。チーズにはパンが必ず、セットになっています。カリカリのバゲット・・・どうして、フランスパンは細長いのかっていうと、・・・カリカリの皮の面積を最大限に多くするために、細長くなった・・・とフランス人は言っていますが・・・。パンの中の白いとこを食べないフランス人もいます。白いところを公園のハトのえさにしているお年寄りもいます。つまり、細長いフランスパン・バゲット(棒のこと)は日本のカリカリおせんべいのようなもの?なのです。 よく、パン屋さんで、・・ビィヤン・キュウィ、シル・ブ・プレーと、よく焼いてあるものを下さいと、うるさく注文しているフランス人のおっちゃん・おばちゃんも多いものです。今、フランスパン・バゲット一本のお値段は、1ユーロ(130円)前後です。これに白か赤のワインがあれば、フランスの田舎の正しい、立派な食事です。ボナ・プティ、ボーナ・プティート、いただきまーす。
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by h-hatano-art | 2010-02-28 00:16 | Trackback | Comments(0)

「桜・おう、梅・ばい、桃・とう、李・り、・・・サクラ・ウメ・モモ・スモモ」

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油彩画  55X46 「ソー公園の桜の木に集まる鳥たち」                         お昼のテレビニュースで、南仏ではアーモンドの木の白い花が咲き始めたとアナウンスしていました。画家ボナールが最後に描いた絵がこのアーモンドの白い花が咲く木でした。日本のボナールの画集では、よくアンズの木となっています。晩年のボナールは体力もなくなり、精神的にもウツ状態になって、最後の絵・・・十号のペイザージュ用キャンバス・55X38に、春を告げるアーモンドの白い花が咲いた一本の木を描きました。ボナールは最初、木の根元あたりを緑色に塗っていましたが、それを黄色に塗り変えるように、親戚の甥っ子にたのんで亡くなったそうです。さまざまな人生を生きた巨匠たちの画集・カタログを見ているとおもしろいものです。最後の最後まで、そうやって、・・・ボナールのように仕事をして、ぐっすり休みたいものです。この絵はパリ南郊のソー公園の中にある、桜の園のものです。八十本前後の桜の園・桜の木々が、いっせいに、桜花爛漫になるとすばらしい光景です。この世のものとは思えない、超シュールな空間が生まれます。この桜の木の中で絵を描いていると・・・桜・おう、梅・ばい、桃・とう、李・り・・・という言葉を思い出します。桜の木にはサクラの花が、梅の木にはウメの花が、桃の木にはモモの花が、李・すももの木にはスモモの花が、それぞれの木に咲きます。桜の木にウメの花は咲きません。梅の木にはモモの花は咲きません。桃の木にはスモモの花は咲きません。李・すももの木にはサクラの花は咲きません。・・・人それぞれです。人とくらべることもありません。自分をコンプレックス・卑下することもありません。自分は自分なりに一生懸命・誠実に生き、自分の生きた人生の花・魂をしっかりと輝やかせたいものです。その一人一人の魂の輝きが夜空の星のように点在し、宇宙をかけめぐる大スペクタークル、壮大な生命のドラマが生まれてくることを信じて・・・。
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by h-hatano-art | 2010-02-26 02:38 | Trackback | Comments(0)

一つぶの砂にも一世界が、一輪の野の花にも一天界が見え、・・・

中国伝来の二十四節気では、立春の次は雨水とあり、・・・フランスの今日この頃は、雨の日ばかりです。風も強く、昨夜はアパートのブラインド・雨戸がガタガタと夜明けまで音がしていました。パリ・パリ近郊のイル・ド・フランス地方は、地理的には内陸地なのでおだやかだろうと思われますが、季節によりノルマンディー地方・ブルターニュ地方の沿岸や大西洋沿岸からの強風や雨雲がロワール地方の広大な小麦畑あたりで大きくふくれあがり、パリ近郊に襲ってくることが多々あります。自然環境のリズムとは恐ろしいものだと感じる時でもあります。しかし、この雨は農家・農業にとって・・・小麦・大麦や酪農や野菜作り・果物作りにとっては絶対に必要不可欠なものなのです。寒さも少しずつ消え去り、暖房をつけなくてもいいような日もありますが、油断大敵・・ずーと、風邪の症状が続いているので用心しています。フランス社会では、挨拶に握手をしたり、ハグして頬と頬をつけてビズー・キスする習慣があるので、風邪ビールスはいつも健在です。こういう社会環境なので風邪が治ったと思ったら、どこかで、新たな風邪ビールスをもらってきて・・・特に、幼稚園や小学校に通っている子供たちのいる家庭は、要注意です。 ママに挨拶しなさいって言われて、鼻水グジュグジュの小さい子とビズーするのはね・・・   ちょっと、勇気がいるものです。風邪のビールスちゃんと挨拶しているようなものです。
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油彩画 80X80     この絵は、イタリア・トスカーナ地方の五月の野原を描いたものです。シエナの町の近郊です。「一つぶの砂にも一世界が、一輪の野の花にも一天界が見え、たなごころに無限のひとときのうちに永劫を握る」(ウィリアム・ブレーク、イギリスの画家、版画家)
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by h-hatano-art | 2010-02-25 18:40 | Trackback | Comments(0)

どこに越しても住みにくいと悟ったとき、詩が生まれて、絵ができる。

海外・フランスに三十年以上も長く住んでいると、日本食・お茶漬けが食べたいように、どうしても日本語の正しい文章を読みたくなる。・・・「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ、情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世はすみにくい。住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住すみにくいと悟ったとき、詩が生まれて、絵ができる。」(草枕、夏目漱石)・・・この文章は日本人だったら、どこかでワンフレーズを聞いたことがあるか、読んだことがあるだろう。人間五十年以上もやってきて、最後の・・・「どこへ越しても住みにくいと悟ったとき、詩が生まれて、絵ができる。」・・・の言葉に触れたとき、異国の地、フランスで生きる自分の存在理由があるように思った。若い時には、わからなかったこと・気づかなかったことが歳を重ねるにつれて、わかるように・気づくようになる。なにげない日常の生活の中にこそ感動や喜びがあるものだ。それを感じることができるか、感じられないか、・・・見ることができるか、見えないか・・・冬の終わりの季節、西洋の石の文化、言葉の文化の中に住んでいると、こういうことも考えます。
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サン・ジェルマン・デュ・プレ、エコール・ド・ボザール、美術学校近くのヴィスコンティ通り・・・美術学校の学生時代、お昼になると、この通りを毎日、相棒と二人でテクテク歩いて学生食堂に行ったものだ。
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by h-hatano-art | 2010-02-24 17:38 | Trackback | Comments(0)

どうして、パリなんかに来ちゃったのか・・・最終回

パリ、エコール・ド・ボサール、国立美術学校の一次試験・油絵実技と二次試験・自作を前にしてのプレゼンテーション面接が無事に終わり、後は結果を待つばかり・・・、アリアンセ・フランセーズ語学学校での午前中のフランス語集中授業は続けていたので、毎日、パリには出かけていました。ちょうど、季節は六月の半ば、初夏の陽気で人々はウキウキしていましたが、ボザール、美術学校からの手紙がなかなか来ないので、あきらめていました。お天気のいい日は気分転換に近くのソー公園に行ったり、朝市でみようみまねのフランス語で初買い物をしたり・・・朝市で、一キロのジャガイモ・・フランス語では、ジャガイモのことを「大地のリンゴ」と表現し、ポンム・ト゜・テールと言う・・を買うために、アン・キロ・ド・ポンム・ド・テール、シルブプレーと言うところを、アン・キロ・ド・トンブルモン・ド・テールって言って、八百屋の親父から、トンブルモン・ド・テール・・大地が揺れること、つまり地震のこと、・・はウチでは売っていないよと言われて大笑いになったり、相棒の彼女は髪の毛が短かかったので、魚屋のお兄ちゃんにムッシューとよばれたり・・・六月の終わり、いつものようにパリからもどってポスト・郵便受けを開けると、私たち二人あてに合格通知の手紙が届いていました。ホットしたというよりも、これは大変なことになってしまったという感じの方が強かったものです。これが、私たちが三十年以上も、フランスの地に住むようになった因でした。海のものとも山のものともわからない何にもない、見も知らずのエトランジェ・外国人を選んでくれたフランスに感謝です。・・・合格通知の手紙には、授業はバカンス明けの十月から始まると書いてありました。バカンスが始まる前までに、自分の選んだアトリエに登録しておくように、学生証明カードをつくるように、大学生健康保険に登録するように、年間の授業料を払うように、・・・と美術学校事務所でかくかくしかじかの手続きをするようにと、こまかく書いてありました。これがフランスに長く住むようになった始まりでした。・・・いつか、この続きの、「どうして、こんなに長くパリに住んでしまったのか・・・」をブログします。ア・ビィアント、それでは、また・・・お楽しみに・・・、お願い・・ウチの相棒もブログを始めています。アクセスしてやって下さい。http://isseart.exblog.jp 伊勢真知子のアートサロンです。
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雪の日のパリ、ポンヌフ橋から見たルーブル美術館全景・・・遠くに見えるのはポン・デ・ザール、歩行者オンリーの芸術橋、手前の舟は船上アパート・・暖かくなるとセーヌ河を下って大西洋に出て、オランダとかベルギーに旅行したりする・・、右側にちょっと見えるのは、シテ島の先端・・・まだまだ、花の都パリにプランタン・春到来は・・・。
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by h-hatano-art | 2010-02-23 17:35 | Trackback | Comments(0)

「絵は無声の詩・・・、詩は有声の絵・・・。」

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何年も前からの連作の仕事の続きで、昨日はこの横長の絵の中に月を描き入れました。どの位置に月を置くのか、朝からこの絵を見ていて、午後からイーゼルの前で試行錯誤し、夕方近くになり、やっと自分の納得のいく場所に月を描きました。・・・何回も、月を描くために、描いては消し、描いては消しのくり返し・・・普通の人が見たら、異常な光景です。・・・このおっちゃん、大丈夫ーという世界です。自分の気持ちとタブロー・絵がひとつになった時に、ようやく月が出現しました。これで、中原中也の詩の・・・ポッカリ月が出ましたら・・・のイメージに少し、・・・よく晴れた満天下の星月夜の下に・・・のイメージに近づきました。「絵は無声の詩、詩は有声の絵」レッシング、ドイツの文学者・・・私にとって、さまざまな言葉・詩に縁すること、触れることによって、宇宙大にイメージが広がり、何回もデッサンをし、水彩画で色をつけ、それから、少しずつ絵を描き始めます。言葉・詩は私にとって絵を描くことの始まりです。今日はこの仕事で・・・月をひとつ描くことで一日が終わりました。バッカみたいと思われるかもしれませんが、バッカみたいなのが絵描きの人生・生き方なのです。おまけ・・・現実のポンヌフ橋は、右岸から左岸へと、このようにワイド・広くには見えません。視点をずいぶん高くして、宇宙に目というものがあるならば、宇宙の目から見た風景です。現実の世界に何かを足して・・・フランス語で言う、ケルク・ショーズ・・・言葉では、説明できない何ものか・・・というものが、創造の世界には必要です。
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by h-hatano-art | 2010-02-22 02:21 | Trackback | Comments(0)

よく晴れた満天下の星月夜の下に・・セーヌ河のポンヌフ橋

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週末なので、キッシュ・ロレーヌ・・ル・コルドン・ブルーのレシピの変化球で、キッシュ・オニオン、タマネギ・パイを作ってみました。パート・ブリゼ、練り込み生地も、自家製の手作りにし、タマネギオンリーだけのキッシュです。キッシュ・ロレーヌはベーコンが入るのですが、これにはタマネギといろどりにパセリだけを入れたものです。最近のフランスの食流行は、レギューム・野菜を使った料理、野菜オンリーの料理が人気上昇中です。特に、お野菜料理はフランス女性に愛されています。フランス人夫婦を食事によんでも、お肉を食べないという・・・本当は、食べたいのだけれども、我慢して?ダイエットのために食べない・・・婦人が多い。そのために、今日は、タマネギオンリーのキッシュを作ってみました。これに少量のサラダをつけて、最初の前菜・オードブルとして白ワインと一緒に食べたら、結構イケルのではないかと・・・。ヤングミセスのお料理教室みたいになっちゃったけれども、一日中、絵を描いているか、自分の絵を見ているか、絵のカタログ、画集を見ているかなので、これが、私の気分転換メトード・方法なのです。そうでもしないと、ゴッホみたいに精神がおかしくなってきてしまいます。
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今日はこの横長の絵の中に月を描きいれました。この写真の絵にはありませんが・・・。真夜中のセーヌ河に浮かぶシテ島にかかるポンヌフ橋です。この絵のデパー・出発は、中原中也の詩にある、・・・ポッカリ月が出ましたら、舟を浮かべて出掛けませう。波はヒタヒタ打つでせう、風も少しはあるでせう。・・・月は聞き耳立てるでせう、すこしは降りても来るでせう、われら接唇する時に月は頭上にあるでせう。・・・ポッカリ月が出ましたら、舟を浮かべて出掛けませう、波はヒタヒタ打つでせう、風も少しはあるでせう。・・・からのイメージです。中也のこの詩の題名は、「湖上」ですが、人々が寝静まった星月夜の真夜中のセーヌ河に浮かぶシテ島にかかるポンヌフ橋をみていたら、この詩の・・・ポッカリ月が・・・急に口から出てきて驚いたものです。きっと、時空間を超えて中原中也の生命の周波に感電したからでしょう。この詩を異国の地・パリで思い出し、・・・よく晴れた満天下の星月夜の下に・・・の絵を描くとは・・・。
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by h-hatano-art | 2010-02-21 08:18 | Trackback | Comments(0)

雪降る午後の少女と小犬のいる風景

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油彩画 50X50                                              この絵は、今日、さっきまで描いていたタブローで、冬の外光は弱いので、見えにくいかもしれませんが、・・・こういう、雑然とした中でトラバーユをしています。左側のカセットラジオは、カセット装置はこわれて、使えなくなり、FMラジオ専用オンリーでフランスラジオ・クラシックに周波がセットしてあり、毎朝六時の起床時にはモウロウとしているので、クラシック音楽で大脳刺激・お目覚め用のラジオです。朝のニュースと天気予報もやっているので便利です。・・・・このクラシック音楽を聞きながら、朝食の準備をし、・・・何も入れない紅茶と何もつけない食パントースト、とリンゴとバナナとグレープフルーツを半分ずつ、食べます。身体全体がすっきりと目覚めるために食べているので、お目覚め朝食のようなものです。相棒は、きな粉入り電子レンジ・チーンの温め牛乳とフランスパンのトーストに黒すぐりのジャム、これは、一年・365日、毎日、同じくり返しですが、これを続けることが人生の大切さだと思っています。さて、左側に見えるCDの山は、・・・私は活字中毒であり、音楽中毒でもあるので、一日中、音楽をかけて仕事しています。朝はクラシック音楽ですが、・・・クラシックは一日中、聞いているとクラおたくになっちゃって、変になりそうなので・・・クラシック音楽変人っているでしょ。モーちゃんとか、べトちゃんとか、言って・・・クラシックファンの皆さん、エクスキューズ・・・日中は、もっぱら、ブルース・スプリングスティーンとか、ボブ・ディランとか、ザ・バンドとか、ニール・ヤングとかのロック音楽を中心にかけて、・・マライア・キャリーなんかもよく聞きます・・仕事をしています。レ・ザンファン・ド・ロック、・・・ロックの子供たち世代なので、こういう、ドンチャンロック音楽の方がいいのです。・・日本の今風CDもありますが、私は1976年に渡仏した・・その時代の日本の音楽事情は山口百恵でしたから、それ以後は知らない・・のでJ-POPには浦島太郎・・いまいち、ピンときません。相棒も同じ空間で静物画をお描きになっていらっしゃいますので、本当は音量をあげて聞きたいのですが、・・・うるさいー・・・と言われるので、じっと我慢して、刺激しないように聞いています。・・相棒のお気に入り音楽は、ヨーヨーマーのチェロ演奏とか、エリック・サティのピアノ演奏なので・・・。後ろにぶら下がっている絵は、大きな絵なので、場所がなく、かさねてぶら下げているものです。口の悪いフランスの友人がウチに食事に来ると、・・・お前、壁が絵でいっぱいに埋まってるなー、あとは天井が空いてるぜ・・・サロー・ばーか、天井に絵をぶらさげたら、気が狂っちゃうぜよ・・・。この絵は、三年前ぐらいから、描き始めたものです。雪降る午後の日に、少女が愛犬を連れて、大きなピンクの傘をさして、散歩している、・・・買い物に行く途中なのか、・・・。この絵の源イメージは、「あめゆじゅとてちてけんじゃ」のリフレインが美しい、宮沢賢治の詩、「永訣の朝」が、ずっと、心の中にあリ、数年前に、東京・代官山から、・・窓から見た雪降る写メールが送られてきたのがきっかけで、始まったものです。やっと、気持ちが絵に入ってきました。修行中のハナたれ小僧ですから、まだまだ、魂が絵に入る・絵に魂が入るとは言えませんが・・・サインはまだですが、五月の東京展には、この絵を持っていけると思います。
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by h-hatano-art | 2010-02-19 01:54 | Trackback | Comments(0)

フォンテンブローの森の中の大セコイア杉の根っこ

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先週からの大風邪が続き、身体の調子が悪い・・・調子が悪いときに、こつこつと仕事をした絵の方が、あとから見るといい・・・調子がいいときは、なにか、本当に調子に乗っちゃって、筆の動きも薄っぺらになり、なんとも、どうしょうもない気取ったハレンチな絵が出来上がる。これは不思議なことで、やはり、創造の世界はハングリーというか、ハンディがあった方がいいというか、人生の喜怒哀楽のストレスがあった方がいいというか・・描いては削って、描いては・・描きつづけた絵の方が満足するし、自分でも驚くような、とんでもない・・・この絵は、自分が描いたのかっていう作品が出現する。それは、私という肉体を借りて、自然という何ものかが描いているような、・・・自然がメッセージを送っているような絵が生まれてくる。・・・こんなことをブログしていると、ピポー・ピポー・・とオピタル・サンタン、パリの有名な精神病院からお迎えの救急車がやってきそうだから、今日はこのへんで・・・。この絵は、パリ南東、65km離れたフォンテンブローの森の中にある大きなセコイア杉の根元です。この根っこに、・・二月九日と十日付けのブログでご紹介した、私の朋友であるドクター・レノリイのお母さん・・・アルツハイマーで亡くなったお母さんの葬儀のあと、数日たって、亡きお母さんの骨粉をみんなでまきました。ちょうど、二月の今頃の季節で冷たい雨が降っていました。亡きお母さんの生命が大セコイア杉と一緒で、これからも、何世紀にかけて生き続けるようにと祈りながら・・・・。
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by h-hatano-art | 2010-02-18 03:00 | Trackback | Comments(0)

どうして、パリなんかに来ちゃったのか・・・その10

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パリ左岸からの冬の午後のポンヌフ橋とシテ島。
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マカロンと言えば、フランス女子の超おすすめ、ラデュレのショーウインドー・・・お店の二階では、好きなマカロンを選んで、午後のお茶もできる・・・美術学校近くのサン・ジェルマン店。                        さてさて、このシリーズもそろそろフィニ・終わりの章に近づきました。・・・パリ・ボザール、美術学校の一次試験・・油絵の実技も終わり、数日後に美術学校の事務所のお知らせ看板に二次試験・面接の受験生の名前が貼りだされ、事務所で面接試験の日にちと時間・午前か午後、会場アトリエの場所を確認する。この二次試験の面接は、各受験生が自分の作品を持参し、それを教授たちの前でプレゼンし、フランス人が大好きなクエスチョン・レポンス、質問に答えるっていうものだった。若さというか、バカさというか、・・・東京の創形美術学校で描いた二十点あまりの油絵と五十点あまりのエスキース・下書きデッサンを持参して、・・ボンジュール、プロフェッサー・・と、元気よく挨拶し、面接試験が始まった。十数人の教授が半円形に座ってる。油絵とエスキースのプレゼンテーション・・・フランス人は言葉文化を大切にする民族だから、どんなこと、ささいなことでも言葉表現しなければいけない。自己主張しなければいけない。・・・無我夢中、つたないフランス語で自分の絵を語る・・・その時代の私の絵のテーマは、ヒロシマ・ナガサキ・・原爆をテーマにしたホスピタル・シリーズものやベトナム戦争の破壊された村・・・少々、社会的な、政治的な暗らーいテーマの絵だった。・・・今から考えると、そういう絵を前にしてフランス人教授連中に説明するなんて、とんでもハップン、すごい勇気っていうか、ムチャクチャっていうか、お若いっていうか、情熱オンリーっていうか、よくやりました。・・・とにかく、ジュ・ブドレ・トラバイエ・イシイ、私はここで仕事がしたい・・のだと、最後に何回もくり返しました。・・この日のために、「どうして、パリなんかに来ちゃったのか・・」の理由があるのだから。・・教授連中は、あきれていましたね。提出するのを忘れていた、東京の美術学校の恩師・柏先生からの推薦状を見せると、教授連中は質問を止め、急に場もなごみ、・・・まぁ、一人ぐらい東洋から来た・・言葉がうまくしゃべれないけれども、変なのがいてもいいかー・・・っていう雰囲気に変化してきました。面接時間三十分・・それもフランス語で、っていうのは、人生で一番長いストレス時間だった。・・その三十分のストレス時間は、始まりにすぎず、のちのちに、フランス人カップルのマリアージュ・結婚式のテモアン・保証人になり、結婚式の席上で、おおぜいのフランス人招待客の前でお祝いスピーチをしなければならないハメになり、超大変なストレス事件につながるとは。・・しかし、冷静になって自分的には多分、ダメだろうと思っていました。フランス全国、世界各国からの自己主張満タンの受験生が集まってきているんだもんねー。受からなかったら、ヨーロッパの主要な美術館をぐるりと回って、帰国しようと思っていました。・・・続く・・・
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by h-hatano-art | 2010-02-16 18:35 | Trackback | Comments(0)