波多野均つれづれアート

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プチ一週間ばかり・・・ジュ・スィ・アブサン、お留守をします・・・

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残暑お見舞い申しあげます。・・・ちょっと、一週間ばかり・・・フランスの田舎に行ってきます。ボルドー方面のパリ南郊から、五百キロ少しのフランスの正しい田舎です。・・・じゃあ、ア・ビィアント・・・今から、デパー・出発なのだ。クルマで時速百三十前後で五時間前後・・・途中の休憩・食事タイムも入れて・・・バーイ
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by h-hatano-art | 2010-08-28 15:31 | Trackback | Comments(0)

バカンス明けのフランス社会でのサルコジ政権のグラン・ディフィキュリテ、大問題・・・

フランスの現政権・サルコジ政権による、フランス社会生活のセキュリテ・治安対策で、バカンス明けのフランス社会は沸騰しています。サルコジ大統領が2012年の大統領選挙を視野に入れた外国人国外追放の政策・・・ターゲットになったのは、通常、ジプシーとよばれている少数民族のロマの人々・・・欧州連合、EU加盟国が27カ国にひろがり、東欧からの人々もビザなし、制限なしで、自由にヨーロッパ内を行き来できるようになった。ルーマニアやブルガリアに住んでいる少数民族・ロマ・ROMAの人々も出稼ぎ感覚でフランス・パリにやってくるようになった。もともと、ロマの人々は西暦一千年頃に、インドからユーラシア大陸に移動してきた移動民族・・・定住するという感覚のない・・・時代によっては、ジプシーとか、アンタッチャブル・不可触民とか、差別されてきた・・・ナチ・ドイツのヒットラーは、ユダヤ人のホロスコートと同時に、ロマの人々も民族浄化・消滅をした・・・そういう悲惨な歴史・運命を持った少数民族の人々をフランス政府は半強制送還・・・自分の出身国に帰るのに同意であれば、大人ひとりにつき三百ユーロ、三万三千円ぐらい、子供ひとりにつき百ユーロ、一万一千円ぐらいの支度金というか、なんというか・・・のお金を渡し、強制的に飛行機でルーマニアなり、ブルガリアに送還するということを開始した。国連・人道委員会・・・正しくは、人種差別撤廃委員会からは・・・ちょっと、待ったの声、また、カトリックの総本山バチカンの法王からも・・・やりすぎだと・・・現在のロマの人々の多くは、カトリックの信者だったのだ・・・このままで、フランス社会が突っ走ると・・・人種差別やジェノホォビ・外国人憎悪・・・外国人嫌いの社会になってしまい・・・サルコジ政権はフランスの恥だとか、ナチと同じだとかの声も・・・私も一度や二度・・・数回・・・このジェノフォビ・外国人嫌いの標的になったことがあります。・・・酔っ払いの白いフランス人のアンチャンに、すれ違いざま、ツバキをはきかけられ、悪態を言われたり・・・バイト先でトラバーユしていると、フランス人の職を取っていると、超興奮文句を見知らぬ極右翼系らしい白いフランス人から言われたり・・・何回も不愉快なめに会っています。どこの国にも、そういうカワイソウな人々・・・学習していない、教育されていない人々がいます。そういう経験・体験をすることも人間を強くしてくれます。・・・近い将来、中国大陸や朝鮮半島、アジア諸国から、そういう人々がエルラルド・黄金の国・日本にどーんとやってきたら、あなたは一体、どうしますか・・・アジアの人々・同胞にツバキをはきかけ、悪態をついて、暴力をふるって・・・外国人嫌いになってしまいますか、人種差別をしますか・・・
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パリからスペインのバルセロナに向かう地中海上空の太陽・・・人生・・・生きていると、いろいろなことが起こったり、あったりしますが・・・少数民族のロマの人々に・・・大きな苦しみは、魂をとてつもなく大きなものにする。九十三年、ビクトル・ユゴー・・・
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パリ六区のモンパルナス駅のすぐ目の前に建っているモンパルナス・タワー・・・209メートルの高さの超高層ビル、テッペンから見るパリのパノラマ風景はオドロキ・・・です。このあたりは、ブルターニュのクレープ屋さんが多く・・・発着駅のモンパルナス駅はブルターニュ方面の国鉄駅、華やかさはありませんが、働き者のブルターニュ人がいっぱい歩いている。海方面なので夏場はとにかく人が多く、マリン・海軍の水兵さんたちがこの駅を利用する。パリの下町の駅のような雰囲気・・・TGV、フランス版新幹線も発着してございます。駅の周りには、やたらと・・・列車時間待ちのカフェやクレープ屋さんが多い・・・経営者は、ブルターニュ出身の人達・・・ブルトン、ブルターニュ人のこと・・・は、ビィヤン・トラバイエ、よく働く人が多い。若いときは、船乗りで世界中を回り、船から下りて、ブルターニュの田舎の海のそばに小さな家を買って、朝晩、海岸を散歩しているブルターニュのおっちゃんを知っている。神戸や横浜に乗っていた商船が寄港し、日本のこともよく知っているおっちゃんだった。今も、朝晩、海岸線を一時間ばかり、潮風に吹かれながら一人で散歩しているだろう・・・ブルトン、ブルターニュには、そういう人が・・・頑固一徹な人が多い。
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by h-hatano-art | 2010-08-27 16:46 | Trackback | Comments(0)

バカンス最後のパリの街をブラブラと歩く・・・

あい変らず、歯の痛さは続いていますが、化膿止めのクスリと食後の洗浄液で掃除しているので・・・治療前と比べると・・・少々、痛いっていう程度です。しかし、この猛烈歯痛さのために、ずーと、おかゆとウメボシ生活で体重が七十キロ代をきりました。・・・ふーけば、飛ぶような・・・身体になってはいけないので、禅宗的お精進食事はほどほどにしょうと思っています。さて、昨日の午後はパリの街まで・・・ちょっと、買い物があって・・・マドレーヌ広場のフォーションのお菓子ブティクに行って、マドレーヌとプチクッキーの詰め合わせセットを買って・・・フランスの田舎に住んでいるフランス人は、パリ・フォーションの・・・ものは、超高級に感じられるプレスティージなお菓子なのだ。・・・フォーション本店の店内は、ガラガラ・・・観光客もいなくて、レジ・お会計も並ばなくて、アッという間に買い物終了。そこから、オペラ方面をブラブラと歩いて、ワインの専門店に寄り道して・・・ここも観光客やお客がいなくてガラガラ、このワイン専門店の地下には、ブルゴーニュのロマネコンティやボルドーの年代物のワインがずらりと並んでいる・・・ワイン博物館的なお店なのだ。・・・そういう、誘惑に負けないで・・・また、大通りをオペラの方に歩いていると、パリ・三越が閉店セールをしていた。日本人観光客の団体ブームが済んで、今は、個人客の時代・・・昔と比べると売り上げが猛低下、そして、ここはパリ観光の一等地、オペラ座のそば・・・毎月の家賃も超高い・・・九月いっぱいでパリ・三越は撤退です。フランステレビニュースでも、取り上げられました。・・・しかし、一方では、中国や韓国系の免税店が大きく急成長をしています。とくに、中国からの超団体グループ・・・シャンゼリゼ大通りは、チャイニーズと石油景気のアラブ系の人々でいっぱい・・・経済力の強い国の人々が元気なパリの街です。
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パリ・ルーブル美術館のアーケードからのピラミッド・・・ここは、いつ行っても世界中からの観光客でいっぱいです。
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そのピラミッドの中は・・・こうなっています。太陽がサンサンと大きな温室のような空間が広がっています。ルーブルピラミッド建設当初は猛反対の声が出ましたが、だんだんとパリの街になじんできています。このルーブル美術館地階にある大ホールで、年末にサロン展・・・サロン・ナショナル・デ・ボザール展が開催され、世界中のアーティスト参加の大展覧会があるのです。この展覧会に毎年参加して、十年以上になりました。あまり自慢めいたことは言いたくないので、そのお話しは12月の展覧会開催中に・・・昨日はパリ解放・・・ナチ・ドイツからの・・・の日でしたが、話題もされなく、歴史は風化しつつ・・・。フランスでは政治家のバカンスも終わり、サルコジ政権担当政治家は、昨日から仕事初めです。・・・どこかの島国の政権担当者たち・・・権力ポスト争いごっこをしている時間やエネルギーがあったら、異常な円高で海外からの観光客は激変低下、輸出産業は大ダメージ・・・もっと自国に経済力をつける政治・政策を・・・政治政権の安定をと・・・考えるフランスからです。経済パワーのない国は、そこに住む人々が悲惨です。
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by h-hatano-art | 2010-08-26 16:37 | Trackback | Comments(0)

フランスでの日常的な歯科診断所での歯の治療には、まず、全額払い・・・

歯医者さんと約束があると、なんか落ち着かないっていうか、気もそぞろで集中できないっていうか・・・で、近所の・・・ワンブロックしか離れていない、歩いて一分もかからない・・・お初の歯医者、歯科診療所に行ってきました。二時半のランデブー・約束は、午後いちの約束らしくて・・・歯医者も助手のお姉ちゃんも待ち構えていました。・・・ボンジュール・ドクター・アンシャンテー、こんにちは、ドクター、はじめまして・・・と挨拶をすると、ようし、ようし、今日の獲物はって・・・いうことはナイか・・・すぐに、診察用のベットに寝かされて・・・あーん、歯石がたまってる、最後に治療をしたのは?・・・二、三年前・・・じゃ、奥歯のレントゲンと歯石を取るからね・・・ガウォーン、ギィギィギィ・・・と、例の歯科治療のイヤな音が始まり・・・三十代のドクターだったので、大変にお元気で、歯石とりもゴーインというか、力まかせというか・・・やっちゃうもんねー、ガーァー、ガーァー・・・痛い、痛い・・・ああ、そこね、ギューイン・・・と、ますます、歯が痛くなりました。治療後、ドクターのサインの入った、どういうクスリが必要なのかという診断書っていうか、クスリを買うためのお医者さん証明書を書いてもらい・・・フランスのファーマシィ・薬局では、このお医者さんサイン付きの証明書がないと、ぜったーいに、お薬りは勝手に買えないシステムになっている・・・日本のようにクスリ天国ではないのだけれども、フランス人は世界一のクスリ消費国民なのだ。歯科診断所での治療っていうか、レントゲンと歯石とり・・・代が、三十四ユーロ二十四サンチーム、四千円ぐらい・・・薬局の①化膿止めクスリ、②食後用のうがい液、③痛み止めの塗り薬の三点セットで十三ユーロちょっと、千五百円ぐらい・・・これは、健康保険が何パーセントかきいて、あとから、お金がもどってくるというフランス医療システムサービス・・・海外での歯の治療も大変です。
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猛烈に歯が痛い間は、集中力も体力・・・おかゆ人生で、常に空腹状態、パワーっていうものが湧き出てこない・・・も低下していたので、色鉛筆を使っての下絵作りをしていました。上の絵が八十×八十・・・これを百×百のキャンバスに描こうと思っています。そのための、エスキース・下絵作りです。このエスキース「ニューヨーク・マンハッタン島に架かる希望の虹」を何十枚も描いて、モチベーションを揚げて、エクスプロウジョン・爆発するまで・・・気持ちを・・・ひろげていくことが絵描きのタタカイです。・・・シャッカン・ソン・シュマン、人はそれぞれに道がある・・・希望というものは、もともとあるものだともいえぬし、ないものだともいえない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には、道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。・・・故郷・魯迅・・・
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by h-hatano-art | 2010-08-25 16:24 | Trackback | Comments(0)

猛烈に歯が痛み始め、近所の歯科診療所に予約をとりに行く・・・

先週の土曜日の夜から、猛烈に右の奥歯上下が痛み始めて・・・フランスは、日曜日・トラバーユしなーい、月曜日もお休み・トラバーユしなーいで、今朝の九時きっかりに、歩いて一分ぐらいの歯科診療所にトボトボ・・・痛くて・・・すると、受付の十代の見習いお姉ちゃんが診療所の外でコーヒーとタバコをスパスパ・・・ボンジュール、こんちわー・・・と言って、受付カウンターで予約をたのもうとしたら・・・セ・コンプレ・セット・スメンヌ、今週は予約でいっぱい、うまってる・・・と超高速フランス語で言ってきた。・・・ウルジャンス、緊急でなんとか・・・ノン・ノン・ノン・・・と、再来週の水曜日の午後なら予約が空いている・・・メルクルディ・アプレ・ミディ・カンザー、水曜日の午後の十五時・・・フランスの病院治療システムは、まず予約をとらないと何も始まらないのです。ずーと、昔に電気ノコギリで右手を切って、緊急病院に行っても・・・まず、セキュリテ・ソシアル、社会健康保険カードを持ってるのか、名前や生年月日・・・なんとか、かんとかで・・・手から大量に出血しているのに、すぐには治療してくれないのです。その時は、夜になって初めて、キズ口を縫う手術が始まり・・・こんな国に来ちゃって、人生真っ暗だーと思いました。他者にサービスをするという感覚が非常に遅れている・・・フランスは公共サービスございませんの国なのだと、痛感しました。手術後の痛み止めのクスリもなく・・・翌朝、看護婦のオバンから・・・あんた、手術して痛くなかったのー・・・と聞かれ、・・・イヤ、とっても痛かった、と言うと・・・痛み止めのクスリをたのめばよかったのに、たのまないダメなのよ・・・そうなのです。こっちの社会日常生活は自己主張・・・ひとつひとつのことを言葉にして伝達をしないと生きてはいけないってことを、つくづく、フランスの緊急病院で学習しました。どっちかというと、私の性格は無口なので・・・フランス社会・フランス人のおかげで、多弁人間になりました。しかし、多弁もテイドっていうか、ほどほどに自己主張しないと・・・フランス人のようにしゃべくり自動小銃人間にはなりたくはありません。フランス人の自己主張する姿はしゃべくり関西人によく似ています。・・・歯科診療所からウチにもどって絵を描く準備をしていると・・・さきほどの、超高速フランス語しゃべりの受付のお姉ちゃんからの電話があり・・・オジョルディ・アプレ・ミディ・カトルザー・トロント、今日の午後の十四時半に来なさーいと、連絡がありました。・・・きっと、歯が猛烈に痛くても、全然、自己主張をしない・・・エトランジェ・外国人のしょうもないオッチャンに哀れみっていうか、カワイソーと思ったのだろー・・・これで、ひと安心です。
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歯が痛いのにビールなんて・・・お叱りをうけそうですが・・・ベルギーのビール・ブロン、白ビール、ヒューガルデン・・・日本では、ヒューガルデン・ホワイトで販売されています。アルコール度が少なく、オッサンたちには物足りないビールですが、モヤシ的なヒョロヒョロ草食系男子や女子用のかるーいビールです。ちょっと、変わったというか、ヘンテコな味がするのも愛嬌があるものです。フランスの若い世代はビール党が多く、ベルギーの若い世代はワイン党が多いっていうのも、おもしろい現象です。つまみは、塩味のきいたポテトチップスや塩ピーナッツ・・・フランスで日本のカキノタネやおかきをおつまみでだすと、奪い合いになります。
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ベルギービールの専属っていうか、専用のグラス・・・各ビールによってグラスが決まっている。一番左の大グラスっていうか、コップがヒューガルデン・ホワイトビール用のもの・・・こういうグラスを集めて、ベルギーいろいろビールを飲むのも人生が楽しいものです。ベルギーのカフェに行って、ビールを注文すると・・・いろいろな形のビールグラスがあることに驚きます。パリのカフェでも、ベルギービールはあることはありますが、そんなに種類がナイ・・・ただ、ビールを・・・と注文すると、一番値段の高いオランダビール・ハイネッケンが運ばれてきます。ベルギーには、サクランボ風味を始めとする・・・果実系のビールもあります。
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by h-hatano-art | 2010-08-24 17:51 | Trackback | Comments(0)

握り寿司をナイフとフォークを使って食べるフランスのシルバー世代・・・

今まではフランスではなかったことの中に、急に料理テーマのテレビ番組が増え始めた。例えば、世界的に握り寿司ブームの影響で・・・コモン・ファブリケ・ブレ・スシ?正しいお寿司の作り方はどうするのか・・・今、フランス人の大多数がお召し上がりになっていらっしゃる握り寿司は、チャイニーズ系フランス人の寿司工場で大量生産されるもので・・・われわれ、在仏日本人が食すると・・・なんじゃ、これー・・・というお寿司です。パリの街角・店頭で売っている・・・本当はチャイニーズだけれども、カモフラージュされたお持ち帰り可能の日本レストらしきものには、サーモンとマグロの親戚魚の赤身、そして、フランス人が得意げに言っているマキ・・・細巻き寿司のこと、しかない。ウチの近くのナショナル・国道二十号線道路ぞいには、そういう、怪しげなチャイニーズお寿司屋が出現した・・・以前は、中華レストだったのを改造して、寿司屋に・・・通常のお昼とか、週末には、ケッコウケダラケ・・・でフランス人のお客で満席になる。一度、フランス人の友人の誕生会がこの怪しげ寿司レストであって、おにぎりのような握り寿司を食べたことがある。・・・四、五個食べると満腹になる・・・それから、ヤキトリセットがどーんと運ばれてくる。握り寿司とヤキトリセット・・・これが、フランスの怪しげ寿司レストの定番です。飲み物は、中国ビールのチンタオ・・・完全に中華植民地お寿司世界です。・・・さらに、どう、お食べになってもかまわないのですが、お歳を召されたフランス人男女は、このお寿司+ヤキトリセットをナイフとフォークでお食べに・・・ソース感覚のお醤油をかけた握り寿司にフォークをずぶりとさして、ナイフで切って・・・いいんです、どんな、食べ方をされても・・・ね、でも、そういう光景が目の前でくりひろげられると・・・ショックです。お寿司のグローバル化・・・そういう感じで、フランスのお寿司世界はあらぬ方向に進化しています。・・・日本の江戸前寿司屋で、ナイフとフォークを用意しているお寿司屋さんがあるだろうか・・・そういう時は、ウロタエたり、怒ったりしてはいけません。お寿司世界もそういうグローバル時代に突入したのだと・・・気持ちよく、サービスしてあげて下さい。・・・シル・ブ・プレー、お願いします・・・。フランスの星付き、高級フランスレストは、ひと皿ひと皿の料理のサービスが懐石風になっています。そういう、食文化大交流の時代なのです。
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世界的にダイエットブームの影響で、夏のベランダでのフランス人家庭の週末お昼ご飯によばれると、メインは白身のお魚・・・これは、チュウボっていうカレイとかヒラメの親戚のような平たいお魚とエビ・・・フランスに輸入されている多くのエビはアジアからのもの・・・をオープンでグリエ・焼いたものに、お米入りラタトゥイユ・・・南仏名物、トマトとピーマンとナスとクージェットと玉ネギ・・・等々の野菜のオリーブ油煮込み・・・お米入りのラタトゥイユを始めて食べました。・・・セボン・セボン、おいしい、おいしいと言ったら、ウチでも食べろっていわれて、お持ち帰りになり、三日間このお米入りラタトゥイユを食べ続けるハメとなりました。飲み物は、グラスに氷を浮かべたプロバンスとかロワールのロゼワインか、フルーティな辛口の白ワイン・・・こうやって、フランスの夏の午後の週末・日曜日はすぎてゆきます。
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by h-hatano-art | 2010-08-23 17:33 | Trackback | Comments(0)

パリの日本食品・食材店、京子でしか売っていない漬物用のヌカ漬けの元・・・

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パリの日本食品・食材店、京子でしか売っていない漬物用のヌカ漬けの元・・・パリ十三区にある中華・アジア食品・食材の大スーパーマーケット、タング・フレール、タング兄弟でも、パリ市内の韓国食品・食材でも売っていない・・・祖国・日本の伝統的ヌカは、地下鉄オペラ・ピラミッド駅に近い、京子でしか売っていません。・・・需要と供給のミノリテ・少ないせいか、他のお店には置いてありません。これで、キュウリ漬けや大根漬けや人参付け、カブ漬け・・・なんぞを、ウチの奥様はお作りにおなりあそばすのです。フランスのパリで漬物なんか、どうでもいいじゃん・・・と言ったら、猛反撃されるので、奥様のご自由におまかせになっています。埼玉の与野・よの生まれ、東京の練馬育ちなので・・・このお方は、正しいご飯にお味噌汁・・・それもワカメ入り、納豆、海苔、梅干し、ラッキョウ、そして、手作りヌカ漬けがお気に入りの定食コースなのです。あまり、ヨコめし・・・フランスめしは得意ではないのです。この日本食品店、京子は大昔・・・われわれが渡仏した時代には、パリ五区のパンテオン近くにありました。いまでこそ、寿司ブームのおかげであちこちで日本食材は手に入るようになりましたが、その当時は、この京子しか日本ものはありませんでした。当時は近くのルクサンブルグ公園の向こう側にある、アリアンセ・フランセーズ、フランス国語の学校の寄宿舎に住んでましたので、週末の寿司パーティの時には、京子で買い物をし、大変にお世話になりました。一升瓶の日本酒もありまして、今のようにエア・カゴー、航空運搬ではなく、インド洋をケープタウンまわりでタプタプと運ばれてきた・・・ちょっと、お酢化した日本酒、お醤油も何年もの・・・というぐらいのお醤油・・・今の京子じゃあ、ありませんよ。名誉のため・・・大昔の京子です・・・かたわらで、プチ食堂もやっていました。そういう、草創期の時代です。・・・今では、なんでも手に入りますが、やはり、海外で作る日本食らしきもの・・・を食べています。納豆は冷凍納豆だし、ワカメは乾燥ワカメ・・・この二、三日、ちょっと身体の調子がおかしいので、ずーと、おかゆと梅干し食事です。こういう食事は、空腹禁断症状になります・・・が、かえって、頭は冴えて仕事がはかどります。そういう状態で絵を描いています。
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オープンから取り出したばかりの、おから入りハンバーグとジャガイモのグラタン、メロンとアボカドのフルーツサラダ+ご飯にお味噌汁などなど・・・こういった食事をしているから、そのムクイ・呪いで身体の調子が・・・実は夏風邪をひいて、食欲もなく、奥歯が痛くなったので、しかたなく、おかゆと梅干し食事生活なのです。体重が二キロほど、ダウンしました。
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by h-hatano-art | 2010-08-22 06:47 | Trackback | Comments(0)

フランスの子供たちは、毎日の食事にハリーズの食パンを食べている・・・

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フランスの食パンと言えば、ハリーズのアメリカン風サンドイッチ用の食パン・・・フランスの子供たちは、ほとんど、ぜーんぶのこどもたちが、シャック・ジュール、毎日・毎食のように、この食パンを食べている。どんな、スーパーマーケットに行っても、このハリーズちゃんの食パンはある。・・・戦後、フランス社会も・・・日本同様に・・・アメリカ文化、アメリカ二ゼ・アメリカ化が始まり、フランス人はそのアメリカ二ゼ・アメリカ化に長いことアンチ・反対していました。私が渡仏した1976年代には、自動販売機というものが存在せず、メトロの切符も窓口で・・・親切な対応ではなくって、相手が外国人とみると、オツリをごまかす・・・コーラやジュースなんかも、店頭で・・・いまだに、缶ビールの自動販売機はない・・・電話をかけようにも、街頭に公衆電話は少なく、カフェの地下にあるトイレットのそばのお店の電話で・・・まず、カフェのオヤジにジュトンという電話専用コインをたのんで・・・という面倒くさい作業をして・・・大変に、お不便なお生活でした。コンピューターのことをオルジナターといいかえ、ちょっと、高級ビールのハイネッケンのことをイネケン・・・フランス語はエイチ・Hを発音しないから・・・今から見ると、大変なフランス中心思考、アンチ・グローバル化を平気でやっていました。しかし、グローバル化、大衆化の大波はフランスにもやってきて世界の情報が瞬時のうちに個人個人の手に・・・そういう時代となりました。このハリーズ・食パンは、戦後、アメリカ家庭ドラマがフランスで放映され、その中に食事のシーンがあり、アメリカの一般家庭では、毎回の食事に食パンを食べる・・・もちろん、大人フランス人は、カリカリの皮のバゲット・フランスパンですが、子供フランス人はフワフワのアメリカ風サンドイッチ食パンが大好きに・・・フランスでの庶民のイート・食のグローバル化です。この食パン、名前はアメリカンですが、フランスの小麦で、フランスのパン工場で作られているものです。・・・せっかくですから、プルコア・なんで、バゲット・フランスパンがあんなに長くなっちゃったのか・・・ウンチク・フランス人に言わせると・・・われわれは、パンの皮のカリカリっとした食感が大好き民族なのだ。だから、あーやって、パンを長くして、表面の皮をカリカリっと焼き・・・カリカリ面積を多くするために、あんな長細いフォルム・形、カッコウになったのだ・・・つまり、日本の手焼きのおせんべいをなーがくしたものが、フランスパンの本当の姿だったのだ。パリの公園では、フランスパンの中身・・・の白いところを、ハトにやっているメメ・おばあちゃんの姿をよく、見かけます。
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by h-hatano-art | 2010-08-21 15:13 | Trackback | Comments(0)

夏休み期間中に、リビングの大掃除と模様替え・・・で、大いに疲れてしまった・・・

今週の月曜日の朝、ウチの奥様が本棚とご自分の静物オブジェがゴチャゴチャと入っている整理だなを移動してほしい・・・と、突然に言い始め・・・どこ吹く風かと知らん顔をしていましたが・・・このお方がいったん言い始めたら、シツコイのなんのって・・・耳にタコ現象になってしまうので、しかたなく、場所の移動を開始しました。・・・こういう肉体単純作業は、オールウェイズ・いつも、私の役目になっている。本棚って言っても、板を五段重ねたたもので・・・ぜーんぶの本が美術カタログだから、一冊でも重い・・・美術関係の評論本、画集、展覧会のカタログ、絵を描くための資料として集めているものもあるので・・・五百冊以上の大判カタログの移動・・・こういう単純作業は、かっるーい気持ちでやらないと、いつまでたっても終わらないので・・・ついでに、本やカタログの作家別による分類分け、ついでに、ほこり掃除・・・と矢つぎ早に命令がでまして、ブルース・スプリングスティーンのCDをガンガンにかけて作業音楽にし・・・それが、昨日、終わりました。その期間中は、台風の後みたいなリビングでした。この夏休み期間中によく、フランス人は部屋のペンキを塗り替えたり、台所や風呂場のプチ改修をしたり、ウチのアパートでも、あちこちと、日中はガタガタと音が聞こえます。地下の共同ゴミ捨て場には、掃除後の・・・足が三本しかない食卓イスだとか、壊れた電機ランプだとか、旧式のコンピューターだとかが・・・捨てられています。・・・っていうわけで、身体のフシブシが痛く・・・ウチの奥様は、ホコリにくっついていたダニとかに食われたり・・・私は、フランス人からアニマル・ハタノとも言われていますので、ダニ・シラミなんかには食われない・・・鍛え方が違う・・・反対に、ダニやシラミの方がかゆくなっちゃう・・・パリ南郊外の夏半ばです。
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バカンス中のパリの街紹介・・・これぞ、ルーブル美術館のすぐそば、パレ・ロワイヤルの一角にある、フランス共和国の文化省・・・フランスは文化省でも、こうやって歴史ある、金細工模様のテラスつきの建物の中に・・・ツーリスト・観光客は知らないので、静かな場所です。中庭では、お昼になると、近所のサラリーマン・サラリーウーマンがフランス式テイク・アウトのお弁当を食べて、日光浴しています。・・・ルーブルまで歩いて、二・三分・・・。ちょっとした、迎賓館のような雰囲気の建物です。
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by h-hatano-art | 2010-08-20 16:26 | Trackback | Comments(0)

ベルギー・アントワープの結婚式と披露宴の思い出・・・十月の出産を祝う・・・

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十六世紀のアントワープの画家、ブリューゲルのペンで描いたインク画・・・「大きな魚は小さな魚を食う」 このインク画は銅版画にもなっています。現在のベルギー・アントウェルペン・・・フラマン語でのアントワープのこと・・・は、中世の時代、フランドル地方のネーデルランドの港町で栄えました。ベルギーは、今、フランス語とフラマン語が使われて、アントワープはフラマン語圏の土地です。フラマン語っていうのは、オランダ語に近いような言葉です。知り合いの日本女性が地元のベルギー男子と結婚して、このアントワープの町に住んでいます。彼らのマリアージュ・結婚式に招待され、パリの南郊外から車でアントワープまで行ったことがあります。アントワープの町は、路面電車が走っていて、中世の町並みが続き、ダイヤモンドの世界的なマーケットがあり、市役所広場の近くにあるホテル・・・名前がルーベンス・ホテル・・・に、彼らが部屋を予約してくれていました。画家のルーベンスもこのアントワープに住んでいました。彼が住んでいた大きな館・やかたが、現在、ルーベンス美術館として残っています。・・・日本の岡山からやって来た、彼女の家族・・・ご両親と双子の妹たちも一緒のホテルでした。結婚式はアントワープの市役所のサロン・ド・マリアージュ、結婚の間で・・・市役所前は大きな広場があり、中世時代からの美しい町並みが残っている・・・披露宴はアントワープの郊外にある深い森の中の大きなレストランで・・・ご主人の方の家族や親戚一同、友達が集まっての大がかりな披露宴でした。今年の十月に、初めてのベベが生まれる予定です。女の子だそうです。・・・ブリューゲルの「大きな魚は小さな魚を食う」は、生まれてくるベベのお祝いとしては、大変に非常識で不適切ですが・・・小さなベベが生きるであろう世界、これからの輝く未来は、決して、そうであってはならないように、強い者だけが勝つ、要領のいいものだけがはびこる社会にならないように・・・反面教師としての思いで・・・このインク画を選びました。日本とベルギーとのミックスの女の子だから、美しく、正直に育ち、常に勇気と正義と慈愛を持って、二つの文化の架け橋になるようにと、心から、願い・祈っています。
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by h-hatano-art | 2010-08-19 06:03 | Trackback | Comments(0)