波多野均つれづれアート

hatanoart.exblog.jp
ブログトップ

冬の朝、残月が見えるブナの木

a0153141_03193.jpg

a0153141_151395.jpg
 油彩画 100X100          ヨーロッパ・フランスは寒波で超さむーい日々が続いています。住んでいる三階のアパルトモンの窓から見た雪の日曜日の朝の写真です。外気温マイナス六度、テレビではこの寒さでSDF、ソン・ドミッシール・フィックス、住所不定の人々の凍死ニュースが報道されています。一年前の米国のリーマンショックの影響でフランスも企業の合併、そして、リストラが始まり、失業~家庭不和~離婚~住所不定・・・落語の中にある「風が吹けば、桶屋おけやが・・・」というようにネガティブですが、全てがつながっている・・・路上生活の人々が増え、大きな社会問題になっています。政治不信・政治不在を多くの庶民が感じ始めたチェンジ・変革の時代、この非人間的な問題は二十一世紀の大きな世界的テーマです。
 さて、この絵・・下から見上げた大きなブナの木は、今月の12月にルーブル美術館の地階にある大ホール、カルセール・ルーブルでの国際芸術サロン展、SNBA、サロン・ナショナル・デ・ボザールに出展した絵です。今年は、六月にバスティーユ・オペラの裏手にあるパリ市の新文化ゾーンのギャラリーで展覧会をし・・・これも経済不況影響でギャラリーの展覧会予約が次々とキャンセルとなり、ギャラリーから連絡があって実現したものです。八月には、パリから車で五時間あまり、五百五十キロも走った、夏のバカンス客でにぎわうフランス南西、シャラント地方の海水浴の町、ロワイヤン・・市主催の商工会議センターの大ホールでの三人展、そして、このサロン展と・・・今年も無事故で、あちこちとよく展覧会できたものだと・・・これもぜーんぶ人間関係・人間交流の結果です。お世話になった多くの人に感謝の気持ちでいっぱいです。こっちに住んで学んだことの中に、・・チャンスは誰にでも平等に来るもので、それに自分が気がつき、それにどう対応・実現するか、大変だけれどもアベック・プレジール、喜んでやるか、やらないか・・・です。
 この絵は早朝の天空に残っている静寂な白い月と、いく世代も生き、大自然の環境の中で成長している冬の季節のブナの木を描いたものです。自然環境をこれ以上、壊さないように、自然のルールを守るように、ジェネラシォン・ド・ジェネラシォン、次の世代の子供たちへ、またその次の世代にへと、誠実に私たちのかけがえのないテール・地球をバトンタッチしたいものです。

[PR]
# by h-hatano-art | 2009-12-21 00:57 | Trackback | Comments(0)

ビエーブルの谷間、雪の日の木々

a0153141_0104956.jpg
 油彩画  55X38                                             先週の木曜日の早朝から、フランス全土に初雪が降りはじめ、パリとパリ近郊は銀世界につつまれました。この絵は、雪降りつもる午後もおそく、三本の雪つもる木をテーマに描いたものです。寒くて寒くて大変でしたが、現場で絵を描くことは、絵描きとしての大きな喜びです。ピンク色に染まる大自然の日没直前まで、しーんとした森の中で仕事をしていると、自分が絵を描いているのではなく、ケルク・ショーズ、自分を超えたなにか他のもの・・自然がわたし自身の体を使って、メッセージを発信しているような感覚になってきます。人間とは自然の中の一部分なのだと、すなおな気持ちで悟ったりもします。そして、大きな感動でいっぱいになり涙があふれてきます。この瞬間の感動は永遠に忘れられないものです。・・・・少々、マジマジになりましたが・・・・ビエーブルとは、古いフランス語で、ビーバーのことです。大昔、この土地にビーバーが多く生息しているきれいな川がありました。今も川は残っていますが、エコロジーの時代、ビーバーはもう、住んではいません。ここはパリの南郊外、べルサイユからも近く、今ではビエーブルの谷間として残っています。
[PR]
# by h-hatano-art | 2009-12-20 00:50 | Trackback | Comments(0)

フランスからのアートブログ開始

本日より、フランスから「波多野均つれづれアート」を開始します。                            東京の美術学校を卒業した23歳の1976年の五月に渡仏し、六月にパリのボザール(国立美術学校)の入学試験を受け・・実技と面接とがあり、実技は東京の美術学校時代の経験があったのでスムーズにいったのですが、お話し大好きフランス人教授連中にかこまれてのフランス語での面接には、大変な体験、コム・シネマ映画のような、フランス版フーテンの寅さんの映画のワンシーンのような雰囲気でした。話題は絵画の話しなので、理解できるのですが、言葉が出てこないのにはマイッタものでした。とにかく、自分はここで勉強したいのだと・・何回もくり返すばかりで、合格はあきらめていました。落っこちたら、ヨーロッパの主要なミュゼ・美術館を回って、西洋絵画のストライク中のストライクの絵を観て、帰国しようと思っていました。六月の終わりにボザール・美術学校から、一通の手紙が届き・・なんと、それは合格通知でした・・・そして、それは同時に、こっちでのフランス社会での長ーい生活の始まりでした。フランスのジスカール大統領、ミッテラン大統領、シラク大統領、そして、サルコジ大統領と四代のフランス政権時代の中で生きてきました。異文化の中で、ちょっと変わった、変なジャポネにならないようにと懸命に生きてきました。これから、皆さんに、刻々と変化するフランス社会の中で、アートを中心に私が見聞し、思い考え、行動・会話したことをつれづれにブログしたく思っています。ワインでも飲みながら、フロマージュ・チーズでもつまんで、ストレス解消・気分転換がてらに、バカやってるーと笑いながらお読みいただけると幸いです。ご期待下さい。
[PR]
# by h-hatano-art | 2009-12-19 02:49 | Trackback | Comments(0)