波多野均つれづれアート

hatanoart.exblog.jp
ブログトップ

どうして、こんなに長くフランスに住むようになっちゃったのか・・・②

4月15日ブログの続き・・・1976年の五月に渡仏し・・・東京の美術学校を卒業した年の二十三歳の時に、羽田空港から・・・今年で三十四年の月日が流れた。こんなに長く異国の地・フランスに住もうとは思ってもいなかった。最初の一年間は日本から仕送り・送金をしてもらい、フランス社会に溶け込むために・・働きながら生活をすること・・仕送りをストップしてもらった。パリ南郊のロバンソンにアパートをみつけ、日本から一緒にきた相棒・パートナーの伊勢真知子さんと住み、・・・http://isseart.exblog.jp も読んでやって下さい。・・・アルバイトをしながら、パリの美術学校にかよった。学生のバイトだから、とにかく、バイトの仕事がくるとなんでもやった。・・・ベビーシッター、空港の送迎、夏のバカンス中のパリでの音楽祭の受付やピアノ運搬・・・そういうアルバイトをとおして、いろいろなフランス人を知り、フランス人の物の考え方や見方等々を少しずつ、理解した。なかでもボザール・パリの美術学校の事務所で紹介されたアルバイト・・・貧乏学生のために学校から紹介のアルバイトがある・・・七月、八月、九月の三ヶ月間、パリのいろんな場所の教会での夏の音楽祭、フェステバル・エステバル・ド・パリっていうバイトを紹介してもらい、毎夕のパリの教会で開催されるクラシック音楽コンサート・・中世のバロック音楽が中心・・の受付や舞台設営・照明・音響係の助手、そして、ピアノやクラブサン・ハープシコートの運搬・・・フランスの音楽家は自分の使っているピアノやクラブサンをコンサート会場でも使いたいので、音楽家の自宅までそれを取りにいって、レペテション・練習・・会場での音あわせの前に、それも、ピアノの調律師が来る前に会場に持ってくる仕事で・・・フランスの会場音あわせは演奏会当日の朝の十時から、ピアノの調律師が来るのは九時・・朝一番でピアノやクラブサンを取りにいき、朝のパリの交通ラッシュの中をカミオン・小型トラックで運び、会場の教会に届けるという、けっこう、ハードな時間との戦いのアルバイトでした。運転手は元ミリテール・軍隊の上級軍人付きの運転手をしていたというミリテール・軍人風のヒゲをはやしたフランス人のローラン・・そのおかげで、パリの交通渋滞のなかで、カミオン・小型トラックをスムーズにとおすため、いろいろなフランス語俗語・・・ご婦人方の前ではぜったーいに使えない、使ってはいけないフランス語俗語をたくさんおぼえてしまった。例えば、デガジェ・どきやがれーとか、メルド・くそーとか、フランスの子供たちは仲間同士ではよく使っていて、ママから使ってはいけなーいと、叱られている言葉です。・・・続く・・・。
[PR]
by h-hatano-art | 2010-05-10 09:23 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://hatanoart.exblog.jp/tb/10585537
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。