波多野均つれづれアート

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パリとパリ近郊にも、ちょっぴり、雪降り積もる・・・マイナス2℃の朝・・・

今朝のパリとパリ近郊の外気温は、マイナス2℃・・・明け方に降った雪が三センチほど、積もっていた朝の散歩でした。スカンジナビアからの低気圧・寒気がいっせいにヨーロッパ全土をおおい、モスクワではマイナス10℃前後・・・オララ状態です。オララは、フランス人が驚いた時に使うコトバ・・・水道の水の温度低下で、お湯タンクのサーモスタット・電気調節がおかしく、すぐに電気が切れてしまいます。電圧の関係か、この急激な寒さで、みんながいっせいに電気暖房を最大限に使いだした結果か・・・部屋の温度は、二十度前後をキープしています・・・油絵の具が乾かないので・・・そんな寒さのヨーロッパ・フランスです。週末のフランステレビニュースから・・・五歳の女の子をクルマに置いて、二十代後半の若い父親が週末の金曜日の夜、ディスコで踊り狂っていた・・・午前三時のパトロール中のポリスがクルマの中で眠っていた女の子を保護し、病院へ・・・フランスにも若いバカ親がいます。この父親は離婚して、週末だけ自分の娘とすごしていた・・・おフランスの法律は、子持ちの離婚夫婦は、一週間のうち何日かを母親のところ、何日かを父親のところで子供たちはすごさなければならないというルールがございます。子供たちは、まるでピンポンゲームのピンポン玉のように、母親のところと父親のところを行ったり来たりする・・・ですから、国際結婚で日本女性がフランス男性と結婚し、うまくいかなくなっちゃって、子供をつれて日本に帰ったりすると・・・フランスの法律では、誘拐罪となります。フランスに長く住んでいると、そういう事件もございます。国際結婚はくれぐれも、慎重に・・・母親と父親とのサンドイッチになった子供たちがカワイソウです。・・・スポーツニュースでは、フランスとオーストラリアとのラグビーの国際試合・・・フランス国内のスタジアムでの試合・・・16対59で、大負け・・・ナンタルチーヤの試合でした。フランスのラグビーは、日本のお相撲のようなフィーリングの伝統あるスポーツです。サッカーもございますが、フランスサッカーは、ちょっと、ただいま低空飛行中でありまして・・・東京の美術学校の画学生時代に、どういうわけか、わたくしめもサッカーをしておりました。ポジションは、ロックの五番という・・・いつもスクラムを組んでぶつかっているところ、スポットライトのあたらない地味なポジション・・・ラグビーは完全なチームワーク、トラバーユ・ド・エキープなので・・・チームのために自分ができること、チームのためにどう貢献するかのスポーツです。・・・そういうことを、ちょっぴりでも若いときに経験すると・・・人生の道のストライクゾーンがひろがって、フランス人と共々にスクラムを組んで、この大変な社会を生きていこうという・・・生き方になります。
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25日付けのブログで紹介した、韓国の女性アーティスト、キムさんの絵と彼女自身です。グランパレの公募展に参加していて、会場で出会ったもの・・・韓国の女性の第一印象は、きつそうな感じの人が多いものです。キムさんも、最初はなんか、コワソーってな感じで・・・ちょっと、苦手タイプ人間カテゴリーに入っていましたが・・・パリの韓国人の経営しているギャラリー・画廊で・・・展覧会の初日は、ベルニッサージ・オープニングパーティという、人寄せパーティがパリのギャラリーでは恒例です。ワインとおつまみ、ちょっと高級ギャラリーではシャンパンなんかが用意されていて・・・絵画を売るために・・・多くの人々が集まります。われわれが、その韓国系のギャラリーで展覧会をした時に初めて、親しく話しをしたものです。以前から、参加している公募展の役員会・総会で顔を見たことはありますが・・・大変にきさくな女性アーティストでした。韓国の人々は、我々日本人が考えている以上の反日感情、反日教育を幼いときから学習しているので、最初はおっかなびっくりでお話しを始めました。ワタシはストレート人間なので、朝鮮半島での日本の植民地化、日本の軍隊の蛮行を最初に謝罪し・・・狂っていたのは、日本の軍隊であって、日本人総体ではないのだと・・・会話の中で、朝鮮半島とか朝鮮という言葉表現には、ものすごく、韓国の人が反応するのには驚きました。ワタシは西日本の山口県、宇部の生まれで、小・中・高校生の学友に在日韓国の子供たちがいました。戦争中に韓国から労働力で強制的に日本に連れられてきた多くの韓国の人達を知っています。宇部は昔、炭鉱の町だったので、韓国の人々が炭鉱で強制的な仕事をしていたことを知っています。春が来ると、韓国の人達が、宇部の町の郊外にある常盤公園の大きな池のそばでピクニックをして、故郷をしのぶアリランの歌をうたい、踊っていたのを知っています。・・・アリラン、アリラン、アーラーリーヨー・・・今でも、その記憶の映像は心の中に美しく残っています。・・・パリの韓国の人達が集まった食事の席で、なにか芸を・・・と言われ、朝鮮半島統一の歌、イムジンガンを歌ったことがあります。本来は北の歌なのですが、ワタシが高校生の時、フォークソングブームのフォーク・クルセイダースのイムジン河の歌です。和平・平和のイムジン河の歌です。・・・日本人の中にも朝鮮半島のアジアの平和を願い、祈ってる日本人もいるんだと・・・パリの街にはそういう不思議な出会いが起きることがいっぱいあります。南北朝鮮半島の平和を、心より、フランス・パリから祈ります。
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by h-hatano-art | 2010-11-29 17:44 | Trackback | Comments(0)
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