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波多野均つれづれアート

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パリ交友記、ペルソナージュ・人物紹介、その3

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辻君はヴァンドーム広場近く、チュイルリー公園寄りの二つ星レストラン、「キャレ・デ・フィヨン」で働き始め、・・最初はオードブル・前菜係り、そして、魚料理をまかされ、スー・シェフ、シェフの次・・になり、お給料もグンとアップした。先輩フランス人から、料理のことで「メルドー、くそのこと」とか、「サロー、バカヤローのこと」とか言われ、ずいぶんと、どなられもしたらしい。さすがに、フライパンや銅鍋は飛んでこなかったが・・このレストランはフランス南西部のランド地方の伝統料理をモダンにアレンジしているものだ。コック修行としては、厨房、レストランの室内、ワインカブ、サービス・・・すべてが、メイド・イン・フランスの一流中の一流であるから、ずいぶんと勉強になったと思う。そういう場所で働く事ができることが料理人にとっての幸福なのだ。彼の定休日が週末の土・日だったので・・辻君のガールフレンドの緒方遼子さんとは、日曜の午後・・・彼女の勤め先は一年中無休のブラッスリー・レストランだったので・・・彼女のお昼の仕事が終わった後に、パリ南郊外のアパートに連れてきた。・・・はじめまして、遼子です。・・・彼女、緒方遼子さんは1974年、九州の熊本生まれ、2002年に渡仏・・その前は、八王子の方で馬の調教の勉強をしていたとのことだった。彼女がそのまま馬の調教を続けていたら、今頃、阿蘇山ふもとの高原・やまなみハイウェイあたりの牧草地で馬に乗っていたかもしれない。パリのル・コルドン・ブルー、フランス料理学校のプロフェッショナルコースに入学し、お菓子作りを学んで、・・フランス語の勉強も同時にして・・プロのディプロム・資格を取り、フランス社会で就職、パリ六区の「ラ・ロトンド」ブラッスリー・レストランで働いて・・・デザート部門のシェフとして、彼女も高額給料をとっていた。絵の世界でも、料理の世界でも、どんな世界でも共通することは、まず、その世界の基本・基礎を学ぶことが大切です。つまり、フランス語でも、Aアー・Bべー・Cセーを知らないと、しゃべれないのと同じで、まず、どこか学校に入って、学ぶことが必要です。時間がかかりますが、あせらないことです。男女の性別や年齢には関係ありません。いえることは情熱や勇気があるか、ないか、です。情熱や勇気を生涯、持ち続けることが出来るか、出来ないか、です。クマソの地・・九州人ごめんなさい。・・九州・熊本・・肥後の女子と聞いていたので、さぞかし、カラクテール・気の強い女子だろうと思っていたら、人情味のある、涙もろい女子だったので・・オララ(フランス人が驚いた時に使う・・)でした。プロの料理人が二人なので、フレンチは毎日、食べているだろうから、タテメシ・・日本食のこと、・・海鮮鍋料理を用意していました。・・・続く・・・写真は、モンパルナス大通りとラスパイユ大通りの交差しているメトロ、ヴァヴァン駅の上にある、赤い日差しよけのテントが目印の彼女が働いていた「ラ・ロトンド・・円形の建物の意、又は、乗り合い馬車の雰囲気のような小部屋」、地元のパリっ子でにぎわっているブラッスリー・レストラン・・・庶民の生きているパリの感じが伝わってきそうでしょう。赤い日差しよけのテントの上の階は、サルトルの生涯のパートナーであったボーヴォワール女史の生家。
by h-hatano-art | 2010-02-04 19:14