波多野均つれづれアート

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夏の八月最後の週のよく晴れた日、ユネスコ世界遺産の町、サンテミリオンを訪れる・・・②

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サンテミリオン村の石畳をブラブラと歩いていたら、ワインの苗木を売っている地元のオヤジの小さな出店がありました。・・・サンテミリオンのワイン畑と同じブドウだ、ということでしたが・・・同じものができるかどうか・・・神のみぞ知る・・・このブドウ作りの原点はシーザーの遠征・ローマ帝国時代から始まったという人間の歴史の深いエピソードがあり、さらに、時がキリスト教時代に入り、パン・・・小麦作り・・・とワイン・・・ブドウ作り・・・は、キリストの聖体、パンイコール身体と赤ワインイコール血として、教会のミサにはなくてはならないものになって・・・パン作りやワイン作りは世代から世代へと受け継がれてきたという・・・西洋社会・西洋世界のお話しです。とくに、イエス・キリストの贖罪しょくざいの血、犠牲の血として赤ワインを飲む感覚・・・西洋歴史の光りと影の・・・現代のわれわれには、理解しがたいフィーリングです・・・ちょっと、ハード・おもーいカンジですが、そんなことも知っていると、ワインが人間歴史の中で進化してきて、世界中で気軽に楽しめる時代に生きていることに心からの感謝です。
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お昼近くになったので、あちこちのレストランの今日の定食を見ながら、サンテミリオン村の石畳をフラフラし、陽のあたる夏のテラスの大きな日傘の下でお昼ごはん・・・のイメージぴったしの小さな定食屋をみつけ・・・お店のサービス係りのおばちゃんに、オン・プ・モンジェ、食事できますかって聞くと、サービスは十二時からだと・・・テラス席を予約して、またまた、石畳をブラブラ・・・ちょうど、地元の朝市場がオープンしていて、ぺリゴール産のフォアグラを売ってるお店でつかまり、フォアグラの試食、ソーテルヌ系の甘甘の白ワインも飲んでけって・・・ここでアペリティフ・食前酒をしてしまった。お店のオヤジが・・・お前、フランス語しゃべれるのか・・・アン・プチ・プー、ちょっとだけ・・・ふぅーん、東京まで飛行機で何時間かかるんじゃ・・・どうも、オヤジは日本人ツーリストと思っているらしい・・・オンザー、ドゥザー、十一時間か十二時間・・・ずいぶん、遠いところから来たもんだなー・・・っていって、ますます、農家手作りのフォア・グラと甘白ワインをサービスしてくれた。こういう、なにげない地方のオヤジとの会話は楽しいものです。われわれの横では、アングレーズ、イギリス人のグループが試食していた。サンテミリオンには何故か、イギリス人ツーリストが多い。ここで一句・・・サンテミリオン村の石畳、犬も歩けばイギリス人にぶつかる・・・おおいに字アマリ・・・
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われわれが注文したのは、正しいフランスのお昼定食・・・ビフテーク・ビフテキのこと、ポンム・ド・フリッツ、揚げジャガイモ、そして、地元のサンテミリオンの赤ワイン・・・ビフテキ定食が10ユーロ、千円前後、サンテミリオン赤ワインが5ユーロ少し・・・ビフテキには、ソース・ボルドネーズ、ボルドー風ソース・・・赤ワインとバターを煮詰めてソースを作る・・・が、かかっていた。夏の八月のテラスで飲む地元サンテミリオンの赤ワインはどっしりとして、コクがあり、香りも高く・・・マンマ・ミイア、驚いた時に使うコトバ・・・ものでした。最初のグラスが古い年代物のサンテミリオン、一杯では足らなくなったので・・・二杯目は、サンテミリオンのちょっと若い赤ワイン・・・これが、なかなか、フルーティ・香り高く・・・大満足でした。サービス係りのお姉ちゃんに二杯目を注文するとき、何故か、ニヤリと笑っていた。サンテミリオンまでお昼ごはんを食べにきたわけではないので、前菜なし、ビフテキ定食のみ、デザートなし、最後にカフェを飲んで、ラ・ディッション・シル・ブ・プレー、お会計、お願いしまーすと言って・・・いよいよ、午後はサンテミリオンワインの買出しだあー・・・ワインカーヴ、ワイン販売店のオヤジにつかまって、サンテミリオンの赤ワインをしこたま試飲する・させられるの巻き、続く・・・
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by h-hatano-art | 2010-09-10 16:33 | Trackback | Comments(0)

夏の八月最後の週のよく晴れた日、ユネスコ世界遺産の町、サンテミリオンを訪れる・・・①

ずーと、ブログ続きもののフランス南西部、ソージョン滞在中に・・・一日、ボルドー近くのサンテミリオンの町を訪れました。これは、滞在先のマダム・ジュヌビエーブ・・・私と同じ世代・・・が、自分の車で連れて行ってくれるっていうので、アベック・プレジィール、大喜びで連れて行ってもらいました。サンテミリオンまで、一時間半ぐらいかかるので、朝の九時前にはソージョンをデパー・出発・・・地元生まれ、育ちの彼女は、くねくね田舎道をラリーレースのように時速百キロ前後で突っ走る・・・なだらかな丘が続くコニャック用のブドウ畑の中を、ものすごいスピードで突っ走る・・・見渡す限りのブドウ畑だ。このシャラントのブドウ畑から白ワインを作って・・・コニャック・ブランデーのことやピノ・デ・シャラントを作る。テーブルワイン用にも赤白ロゼを作っているけれども、ほとんど地元で消費される田舎のワイン・・・途中から高速道路に入って、ボルドーの手前で高速道路が終わり・・・いよいよ、サンテミリオンへ・・・右手に大きな河が見えてくるのがジロンド河の上流、ドルドーニュ川・・・いくつものフランスの田舎の町を通り過ぎ・・・見渡す限りのボルドーワインのストライク、サンテミリオンのワイン用のブドウ畑が見えてくる・・・なにか、ワインの世界のシャンゼリゼ大通りのように堂々として、美しいワイン畑が広がっている。もう、この辺でワイン愛好家だったら・・・月夜の天空に向かって吠えるオオカミになったような気分になる・・・ウォォーンと、叫びたくなっちゃいます。
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ユネスコ世界遺産の中の文化遺産・・・すぐれて普遍的な価値をもつ記念工作物、建造物群、文化的景観のカテゴリーに認められたブドウ畑の中のサンテミリオン・・・人口三千人前後で、一応、市になっていますが・・・雰囲気はフランス中世の城壁で囲まれた、小高い丘の上にある村のような感じです。・・・うーん、どこかで、これと同じような雰囲気の町があったなぁーと、記憶をたどると・・・そうそう、イタリアのトスカーナ地方に点在する小高い丘の上の町々に非常に似ている・・・中世時代は、外敵からの攻撃を防ぐために、小高い丘の上に町を作り、町の周りをぐるり城壁を築いた。それは、中世時代の南ヨーロッパに大流行したコレラを防ぐため・・・人々の出入りを制限するために城壁門をつくり、通行税をとったりした。・・・お勉強ブログになりましたが、こういうことも知っておくとイメージの世界が広がります。とにもかくにも、周り一面、ブドウ畑・・・サンテミリオンの赤ワインのブドウ畑です。
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収穫前のブドウ畑に入ってブドウを食べてみました。九月の中旬から、下旬にかけてが収穫時ですが、もう十分に成熟・・・夏の太陽をいっぱいに浴びて甘味の強いブドウでした。
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サンテミリオン村には、いたるところにワインカーブというか、ワイン販売店があります。こういうワインストックというか、ワインコレクションがあったら・・・狂喜しちゃって、人生オシマイになっちゃうかも、かもです。とにかく、サンテミリオン赤ワインのストライク、ホンモノのホンモノがずらーりと・・・お店のオヤジにすすめられて試飲すると、いろいろなサンテミリオンの畑の赤ワインを・・・ワイングラスで五、六杯も・・・こういう時のわたくしは、ものすごーく、気分が高揚して、おフランス語がペラペラと出て、身振り手振りもフランス人以上に・・・なにかタカラヅカシアターの登場人物のようになってくるのです。ワインの霊魂に取りつかれたようにワイン専門会話がとめどもなく出来るので・・・店のオヤジもビックリして、じゃあ、これも飲んでみろ、あれも飲んでみろって・・・どんどん、サンテミリオン赤ワインのストライクボールを投げられて・・・ウチのコワイ人から、イエロー・カードがでるのです。サ・スィフィ、いい加減にしなさい・・・って。これは、ぜーんぶ、サンテミリオンの畑、シャトー詰めの・・・各シャトーでワインをブレンドし、タルで熟成させ、ワインボトルにつめる作業・・・サンテミリオン赤ワインです。・・・続き読みたいでしょ・・・続く・・・
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by h-hatano-art | 2010-09-09 16:49 | Trackback | Comments(0)

フランス南西部、シャラント地方のソージョン滞在記・・・正しいフランスの田舎の出来事・・・③

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夏の田舎の午後に・・・フランスの田舎には、こういうブロキャン、日常骨董品のお店がどんな小さな町にもあります。・・・住んでいる町の人の委託骨董品もあります・・・アンティックというのは、少々、お高級品の骨董で、庶民が安直に買える骨董品はブロキャンにあります。このブロキャンのお店をガラクタという人もいますが、地方のこういう日常骨董のお店には、十八世紀・十九世紀・二十世紀の庶民のつつましい日常生活品が残っています。このブロキャンのお店は、若いフランス人夫婦がやっているもので・・・以下に写真が続く・・・
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時代ものの家具とか、大きなリビング用のカガミとか・・・これらは、十九世紀から二十世紀始めの家具や大カガミ、リモージュ焼きの飾り壺や絵皿や・・・ひとつひとつを見ていると、その時代の庶民の生活の声がきこえてきそうです。
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これがフランスの昔の家の玄関口を入ったところ・・・白と黒のタイルが市松模様にデコレしてあるのが、オーソドックスなフランスの昔の家の玄関口です。このブロキャンのお店は、十八世紀から十九世紀の田舎のお金持ちの家・・・庭に大きな樫の木があったり、古井戸があったり・・・多分、夏の避暑用の別荘として使っていたらしい。そういうことをいろいろとイメージすると、いい意味での気分転換になります。ココロが豊かにハッピーな気分になります。その時代、時代の庶民のパワー・エネルギーをいただきー、メルシーっというような感謝の気分にもなります。
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十九世紀の食卓テーブルの上には、生ガキやホタテ貝専用の十二客のお皿・・・これも十九世紀のリモージュ焼きのお皿・・・シャンパン用の口広グラスはクリスタル・・・ボルドーで作られた十九世紀のクリスタル・・・フランスで一般的に、新婚の夫婦ものが来客用にとお皿やグラスやナイフ、フォーク、スプーンをそろえる数は、一ダース、十二客用、十二人分からです。これが、来客用のワンセット・・・お皿はリモージュ焼き、グラスはクリスタル、ナイフ・フォーク・スプーンはシルバー・銀製品・・・これは、フランス人の家庭だったら、どんな家庭にもあります・・・オバアチャンの形見の白いテーブルクロスやリモージュ焼きのお皿とか、銀製品やクリスタルのグラスも世代から世代へと、伝わって・・・これがフランスの庶民の奥深い文化です。こういうブロキャンのお店を訪れると、いろいろと勉強になります。・・・どうして、こういうブロキャンのお店に行くようになったのかは・・・ウチのサ・マジスティ、女王陛下の静物画用のオブジェ探しなのです。これも絵の仕事の延長なのです。・・・続く・・・
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オマケに・・・こういう十九世紀のワインびんもございます。フランスの文化っていうものは、なかなか、奥が深いようでござりまする。こういう、なにげない十九世紀のガラスびんを現代家屋やアパートに飾ると・・・なかなか、お存在感がおありになって、いいものです。生活を楽しむ人とは、きっと、そういうことをイメージし、実行する人だと・・・フランスの夏の午後のブロキャンのお店で、思ったり考えたりもいたします。人生をフィロゾフィ・哲学するフランスの田舎のア・プレ・ミディ、午後の陽射しの中・・・です。なにげないガラスびんが太陽の光りの中で美しく輝いていました。
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by h-hatano-art | 2010-09-08 06:57 | Trackback | Comments(0)

フランス南西部、シャラント地方のソージョン滞在記・・・正しいフランスの田舎の出来事・・・②

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フランス南西部のシャラント地方の小さな町、ソージョンのパン屋さんの店先ウインドー・・・一メートル近くもあるパン・カンパーニュ、田舎パン・・・これを、切り分けて販売している・・・大きさはお客さんの食べたい分だけを売ってくれる・・・こんな大きな田舎パンは、パリのパン屋さんでは売っていない。フランスの田舎に行かないと、めったにお目にかかれない・・・フランス・プロフォンド、深ーいフランスの田舎パンです。プチ・デジュネ、朝食にこの田舎パンに農家特製バターをたっぷりつけて、自家製のイチゴジャムをさらに、つけて・・・田舎の家の台所で、温かいカフェ・オレやテ・オレ、ミルク入り紅茶と一緒にムシャムシャと食べると、イイ感じでおメメが覚めます。両親の畑のすみにある桃の木の桃が山のようにあったので・・・毎朝、桃を二、三個食べました。
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夏のお昼ごはんは、庭のふじ棚の木の下のテーブルで・・・このシャラント地方の名産、ピノ・デ・シャラント・・・食事前のアペリティフ・食前酒に、この地方の白ワインとコニャックを混ぜた甘系のお酒・・・これを、ちびりちびりと飲みながら、たわいもないお話しをしながら、夏のバカンスのお昼ごはんのはじまり、はじまり・・・だいたい、正午すぎから、いつもアペリティフ・食前酒が始まります。・・・このピノ・デ・シャラントはワイン作り農家の自家製、2001年もの・・・ネクター・神々が飲むお酒のように美しい黄金色で夏の光の中で輝いています。・・・アルコール度が強いので、一杯でやめとかないと大変な結果になります。
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ウチワだけの、家族だけの気のはらないフランスの田舎のお昼ごはんは、こんなものです。キュウリと人参のサラダ、メロン、スイカ、トマトにゆでジャガイモとゆでタマゴ・・・ぜーんぶ、自分ちのもの、タマゴも・・・フランスの田舎はスローフード、ビオの有機栽培野菜・果物を作ったり、ニワトリを飼って新鮮なタマゴを毎日のように食べる・・・日常食生活は、お金を使わない・・・パン屋さんでパンを買うだけ・・・のが基本なのだ・・・それに、自家製のマヨネーズを作って・・・ワインを飲みたい人はワインを飲むし、お水がいい人はお水を・・・田舎のお水はパリ近郊のお水と比べるとおいしい・・・後は、夏が本場のヤギのチーズやブリを食べて・・・デザートはガトー・ショコラにバニラ・アイスをくっつけて・・・そうやって、庭のテーブルを囲んで、話しては食べ、食べては話し・・・お昼食事終了は、ちょっと、濃い目のカフェでしめくくり・・・午後の二時半すぎにお昼ごはんが終わり・・・近くの海・・・大西洋岸の浜辺に泳ぎに行ったり、庭で午後のお茶をしながら読書をしたり、ブロキャン・ガラクタ骨董のお店までブラブラと散歩をしたり・・・こうやって、正しいフランスの田舎の夏の日がすぎてゆきます。これが一般的なフツーのフランスの人々の夏のバカンスです。あくせくしない夏のバカンスです。・・・続く・・・
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by h-hatano-art | 2010-09-07 06:24 | Trackback | Comments(0)

フランス南西部、シャラント地方のソージョン滞在記・・・正しいフランスの田舎の出来事・・・①

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パリからフランスの地方の町々まで、何キロ離れているのかという表示プレートがオート・ルート、高速道路を走っていると、あちこちに立っています。パリから・・・というのは、パリのシテ島にあるノートルダム寺院前大広場にある出発点・・・ここからフランス各地方の距離原点地が始まっている・・・日本で言えば、東京の日本橋のようなもの・・・そのノートルダム寺院前大広場をゼロ地点として、距離表示が始まる・・・広場にここがフランスの原点地ですよっていうプレートが埋めてある。この写真は、パリからトゥール・ボルドー方面に向かう最初の高速道路料金ゲート入り口・・・ここは入り口なので、料金チケットを取るだけ、全自動なので係員はいないが反対車線は出口なのでここで高速料金を支払う仕組み・・・①現金支払いの車線、②銀行カード支払いの車線、③年間高速道路使用をすでに支払っている専用車線、④カミオン、長距離トラック専用車線に分かれている・・・ここで、どの車線にしょうかなーと、迷って、もたついていると、後ろからブーブーとせっかちフランス人にせかされるハメになる。①の現金支払いはおつりとか、メンドクサイので、②の銀行カード支払い車線でいつもカンタン通過している。
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このメゾン・家が滞在中にお世話になったもの・・・滞在中、いろいろとご質問が・・・日本に関しての・・・山のようにありました。・・・日本では、プルコア・どうして、政治最高責任者・・・総理大臣・首相のこと・・・がクルクルと変わるのか、また今度も政党内だけの権力闘争・・・党首選挙イコール総理大臣ポスト・・・を始めてるけれども、日本人は政治的安定が嫌いなのか・・・自分のノートパソコンを持って来なかったので、さっそく、滞在先のインターネットで日本各社のジョナール・新聞やNHK速報ニュースにアクセスして・・・あっと、驚くタメゴロー的発言が・・・もし、首相になったら説明をするとか、金銭不正問題でやましいところはひとつもないとか・・・フランスの政治スキャンダル事件では、女性問題はラ・ビィ・プリベ、個人的問題なのでスキャンダルにはなりませんが、ことお金のこと・・・政治とお金の問題は政治家として政治生命のセ・フニィ、終わりです。今、明快に説明しなければ、後になっても説明はしない・・・これで、またまた、フランス人たちの質問ぜめに・・・フランスからハルカ遠くの東洋の島国の政治家たちは、いい加減にしませう。世界に日本人の未熟政治感覚の恥をさらしているのは・・・インターネットの時代です。だれでもが、気軽に日本のニュースをアクセスでき、自動翻訳で読める時代です。一党宣伝パフォーマンスの権力闘争よりも、まず、日本経済・雇用の安定、円高の改善、教育の安定、社会福祉の安定を・・・バカスカ、地方のフランス人に質問ぜめにあってしまいましたぜよ。そして、テレビ討論でいい歳をした政治家が、ご自分のことを・・・ボクがボクがとか、ボクはボクはとか、っていう幼児的な日本語表現もやめまっしょう。小中高校生の感覚で大事な一国の政治を主導するような安易な言葉表現は禁物です。フランス人は言葉表現に超ウルサイ民族です。世界中が注目しています。一国の最高責任者・総理大臣は正しい政治家であって、政治屋でないようにお願いしたいものです。名もないマジョリテ・大多数の庶民も賢く、懸命であってもらいたいものです。日本にはジュスティス・正義という社会モラルが存在しないのか、少々、心配です。・・・続く・・・
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by h-hatano-art | 2010-09-06 00:40 | Trackback | Comments(0)

フランスの正しい田舎から、帰ってきました・・・平均時速130キロで高速道路をすっ飛ばし・・・

パリからボルドー方面へ・・・550キロ離れたフランスの正しい田舎・シャラント地方から、帰ってきました。シャラント地方はフランス南西部、大西洋沿岸に面した肥沃な土地・・・小麦やブドウ栽培の農業の大地がひろがり・・・オート・ルート、高速道路を使って六時間・・・平均時速130キロ・・・途中で休憩プラス食事タイムを入れて・・・高速道路はフランスの地方の覆面パトカーがいっぱい、待機していたり・・・GB、グレート・ブリテン・・・イングランドやD、ドイッチュランド・・・ドイツやNL、ネーデル・ランド・・・オランダ、B、ベルジュ・・・ベルギー・ナンバーのクルマにお尻を掘られたり・・・つまり、後ろから、ずーと追いかけてきて、デガジェ・どけーという合図をされたり・・・彼らの平均時速は140キロ以上・・・超キチガイ運転のスピードです。とくにオランダのクルマがひどい超高速、時速160キロですっ飛ばしてるのを横目で見て、サロー・バーカって悪態をいいながら・・・無事にもどってきました。滞在先は、まずシャルトルをすぎ、オルレアンをすぎ、ロワール河のトゥールの町をよこぎり、ポワチィエをぬけ、二ィオールをすぎ、ボルドーの手前にあるサントの町で高速道路を下り、海水浴の町・ロワイヤンに向かって国道を走り、ソージョンという小さな町が終点・・・満タンのガソリンが半分以下になっていました。さすがに、六時間も車に乗って、時速130キロで走っていると・・・一時間置きにプチ休憩・ピッピタイム、オシッコ時間・・・をしましたが・・・感覚がマヒ状態、車を降りた後でも身体が左右に揺れていました。その小さな町・ソージョンにフランス人のファミリー・母と娘、一族親戚が住んでいて、そこに行ったのです。続く・・・
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フランスの田舎に住んでいる母と娘にパリからのお土産を・・・マドレーヌ広場のフォーション本店のお菓子売り場で買った・・・パリのアプレ・ミディ、午後と、名づけられたプチビスキュイ・ビスケットの詰め合わせと、フォーションの今年の夏の新製品・・・12個入りのミニ・マドレーヌ・キャラメル風味・・・フランスの田舎にはハイカラなものがないので、大変に喜ばれました。最初のプチビスキュイは、紅茶やカフェ・・・バニラアイスクリームと一緒に食べてもおいしいものでした。ミニ・マドレーヌ・キャラメル風味は、なかなか、フォーションもお勉強しているっていうすぐれものでした。こういう、なにげない・なんでもないところにフランスのイート・食文化のフトコロの深さを見せつけられた思いのマドレーヌでした。東京の都内のデパ地下に上陸しているかも、かもです。人生、おいしいもの・・・ホンモノを食べましょう。自分の味覚、味の定規をもっていると・・・ホンモノかニセモノか、自然とわかるようになります。そういう小さなつみ重ねが人生をリッシュ・豊かにしてくれます。ホンモノを見て、ホンモノを聞いて、ホンモノを食べて・・・人生がハッピーになります。
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by h-hatano-art | 2010-09-05 07:47 | Trackback | Comments(0)